「タダほど高い『義務教育』はない」【連載第4回】隠蔽される「お金の真実」 〜時間を切り売りする奴隷の作り方〜
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学校で「お金」を教えない本当の理由
これまでの連載(参考:前回記事へのリンク)で、学校教育が「規格化された人間」を作り出し、今の日本国憲法の精神に反する絶対的な上下関係を刷り込んできたことを話してきました。
では、なぜ国はそこまでして、私たちを「従順な人間」に仕立て上げようとするのでしょうか。
その答えは、私たちが社会に出た後に待ち受けている「ある決定的な役割」を全うさせるためです。
それは、「文句を言わずに、一生涯、自分の時間を切り売りして働き続ける」役割です。
今の日本の学校「教育」には、未成年のうちに本来人間として絶対に知っておかなければならないにもかかわらず、全く教えられていない致命的な欠落が、本当にたくさんあります。
その内ひとつ、とっても重要な例を挙げれば、それは「お金に関する、正しい姿(真実)」です。
学校では、「集団に適応する力」や「空気を読む力」「規律や協調性」を何よりも重んじます。
しかし、お金の稼ぎ方、増やし方、それよりも意外と重要な稼いだお金の使い方、そして資本主義という社会のルールの裏側については、一切口を閉ざします。
「お金の話をするのは卑しいことだ」とさえ教え込まれます。
なぜでしょうか?
それは、もし子どもたちに「お金の本当の姿」を教えてしまえば、国にとって非常に都合が悪いからです。

「時間を売る人」と「能力(資本)でお金を増やす人」
本来、子どもが教えられ、知っておくべき真実はこうです。
個人を個人として尊重し、その子の固有の能力や才能を最大限に発揮させること。そして将来、「自分の能力や資本を使って、お金を生み出し、増やす人(資本家・投資家・起業家)」として自立することも十分に可能なだけの知識を、もう小さい頃から教え込むこと。
しかし、学校教育の制度上、これを教えることは絶対に無理です。
学校が教えるのは、与えられた仕事を正確にこなす方法だけです。
その結果、私たちは学校を出てから定年まで(そして今や定年後でさえも)、「人間として自分の頭で考えるよりも、奴隷として働く体であり続けるように」飼い慣らされてしまいます。
「一生懸命勉強して、いい会社に入り、真面目に働きなさい」
この美辞麗句の裏にある本当の意味は、「自分の時間を切り売りする労働者(つまり奴隷)として、一生涯、国や企業のために税金と利益を納め続けなさい」ということです。
規格品に押し込められ、”違い”を排除され、一定の同じ夢を持つように洗脳された私たちは、この資本主義社会において「一番搾取しやすい層」として、見事に社会に放り出されるのです。
思考を奪われた私たちの「末路」
お金の真実を知らず、「時間を切り売りする」という選択肢しか知らないし、できないし、する能力さえもない私たちは、やがてどうなるでしょうか。
給与は上がらないのに、社会保険料や税金は容赦なく引かれていく。物価は上がり続ける。どれだけ働いても生活は豊かにならずに、常に不安とストレスに苛まれる。
しかし、学校で「我慢すること」「上の者に従うこと」を骨の髄まで叩き込まれているため、ストライキを起こすことも、社会のシステムを根本から覆そうと声を上げることもしませんし、できません。
怒りの矛先は、本来向かうべき「国やシステム」ではなく、自分と同じように苦しんでいる「隣の誰か」や「ちょっとだけ得をしているように見える誰か」へと向かいます。
これこそが、連載の第1回、第2回でお話しした「日本中に蔓延する誹謗中傷や足の引っ張り合い」の正体です。
お金の教育を奪われ、経済的に追い詰められた結果、この日本の国に住み生活する私たちは心まで貧しくなり、互いを監視し、攻撃し合う地獄を作り出してしまったのです。
では、私たちはどこで「真実」を学べばいいのか?
国が意図してこの制度を維持・発展させ、私たちを「肉体的には死なない程度に生かしながら、心への殺人を継続している」以上、文部科学省の管轄下にある学校制度に期待することは100%無駄です。
学校や国が自ら進んで「奴隷の解放」を行うことはあり得ません。
では、今現実にこの国に生きる私やあなたやこの日本に生活する多くの方々、そしてこれからの長い人生を生きて行く小さな子どもたちは、この絶望的な状況の中で、一体どうやって「お金の真実」や「個人の尊厳」を学び、自分を守っていけばいいのでしょうか?
次回は、この国家による洗脳システムを完全にハックし、私たちの魂と未来を救い出すための「新しい学びの設計図」という、最大の希望についてお話しします。
