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「タダほど高い『義務教育』はない」【連載第5回】【新たな希望】文部科学省を捨てる日 〜誰が、どこで「真実」を教えるのか〜

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学校が教えないなら、私たちが奪い返すしかない

 前回の記事で、日本の学校「教育」は私たちを「一生涯、文句を言わずに時間を切り売りする奴隷(労働者)」にするための洗脳システムであり、そのために「お金の真実」を絶対に教えないと話しました。

 国や文部科学省の制度下にある学校が、自らの手でこのシステムを壊し、子どもたちに「真実」を教え始めることは、制度上絶対に考えられません。
 彼らに期待して待っていても、私たちの大切な時間と、子どもたちの個性(魂)が殺され続けるだけです。

 では、本当の意味でのお金の稼ぎ方や、人間が固有の個性と人格を持って生きるための力は、一体どこで教えるべきなのでしょうか?

 答えは明確です。
 私たち自身が、文部科学省という枠組みを捨て、新たな場所で、自らの手で学びを設計するしかありません。
 そしてそれは、決して夢物語ではなく、今この現代だからこそ可能なのです。

【防衛策①】家庭とインターネットによる「本物の大人」との遭遇

 まず今すぐできる防衛策は、親や身近な大人が自らアンラーニング(学校で植え付けられた常識を捨てること)を行い、子どもに真実を伝えることです。

(2026年7月追加)…それに続く方向へ辿り着くための一助となることを目指し、この友吾のnote内で以下の連載を試み、26日間1日1記事で完結しました。ご参考までに。
学校が教えないお金の講座|親子のための「自立と自由」の教科書

「学校に通って、波風立てずに生きることが正解だ」
・・・という洗脳を、家庭の中で解いてあげてください。
「お金を稼ぐ=時間を売ること、だけではない」
「自分の能力や資本で価値を生み出す、生き方がある」
…ということを、日常の対話の中で教えていくのです。

 さらに、今の時代には「インターネット」という最強の武器があります。
 学校の教員のうち、ほとんどの方々は、良くも悪くも学校という閉鎖空間しか知らず、自らの能力や資本でビジネスを生み出した経験を持っていません。
 しかしネットの世界には、様々な視点でお金や社会の真理を語る人々が溢れています。
 YouTubeやオンラインサロン、SNSを通じて、「実際に自分の能力でお金を生み出している人」の生きた思考に、直接触れさせることができます。

 もちろん、インターネット内の各コンテンツは玉石混交ですが、だからこそ「情報を自分の頭で疑い、精査する力」を養う絶好の訓練の場にもなるのです。

【防衛策②】テクノロジーと民間が創る「最先端のオーダーメイド教育」

 しかし、家庭やネットだけでは、体系的な学びや他者との関わりにおいて限界があります。
 文部科学省管轄下の「教育」では、一人一人が固有の個性を持って自分らしく人間らしく生きることが構造上無理であるならば、私たちはそれに代わる全く新しい制度を積極的に利用し、あるいは作っていくべきです。

 幸いなことに、現代はAI(人工知能)をはじめとするテクノロジーが爆発的に進化しています。

 数十人の生徒を一つの教室に押し込め、同じペースで同じ黒板を写させるような、旧時代の工場モデルはもう不要です。
 これからの時代は、地域自治体や民間企業、研究所が主導し、今の技術を積極的に利用した「個々人のオーダーメイドのカリキュラム」が学校の代わりになります。

 すでに、メタバース空間を利用したフリースクールや、AIがその子の得意・不得意を分析して最適な学習ルートを提示する民間の教育プラットフォーム(EdTech)が、日本でも一部の先進的な企業や自治体によって始まっています。

「学校に行かないこと」は、もはやドロップアウト(落ちこぼれ)ではありません。
 時代遅れの洗脳機関から抜け出し、「より高度で、自分に合った最先端の学びを選択すること」へと価値が反転しているのです。

「無償の罠」から抜け出し、本当の教育へ投資する

 一応「義務教育は無償」や「高校無償化」とされてはいますが、私たちは「タダほど(自分や子どもにとって)高いものは無い」という現実を、今こそ強烈に意識せざるを得ません。

 心を殺され、奴隷の思考を植え付けられるくらいなら、文部科学省の管轄下の学校には最低限しか行かず(あるいは全く行かず)、自分の個性や能力を最大限に発揮させてくれる民間のサービスや、新しいコミュニティに時間とリソースを使うべきです。

 規格品になることを拒否し、自分だけの才能(能力)を伸ばすこと。それこそが、将来「自分の能力でお金を増やす人」また「自分らしく生きることが出来る人」そして「この世の中を良くして行ける人」へと成長するための唯一の道なのです。

 私たちは今、この国が用意した絶望的なシステムを飛び越えるための、強力な羽(テクノロジーと民間の力)を手に入れつつあります。

 しかし、社会に目を向けると、かつてこの「学校教育」という洗脳をフルに浴びて育った大人たちが、未だに社会の主導権を握り、数々の不条理を引き起こしています。
 次回は、この教育システムが生み出した究極のバグとも言える「日本社会の腐敗と、日本国憲法すら軽視する政治の暴走」について切り込んでいきます。

(次回・第6回へ続く)