「タダほど高い『義務教育』はない」【連載第6回】社会のバグは日本の「学校教育」から生まれる 〜ルサンチマンと政治の腐敗〜
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※「ルサンチマン」の言葉の解説についてはこちら
「自分が嫌い」な人間は、他人も尊重できない
前回の記事では、狂った教育システムから逃れ、テクノロジーと民間の力を利用して「新しい学び」を獲得していく希望について話しました。
しかし、現実の日本社会に目を向けると、かつての学校教育で徹底的に洗脳され、「心への殺人」を完了された大人たちが社会の多数派を占め、息苦しいディストピア(ユートピア(理想郷)の正反対の概念)を作り上げています。
この国では、自分で自分のことが「嫌い」だという人が意外と異常に多い。
せっかく自分として日々を生きているのに、自分自身に対して非常にもったいないことです。
幼少期から「みんなと同じ」という枠に無理やり押し込められ、個人の尊重を真っ向から否定されて育った私たちは、「ありのままの自分」に自信を持って生きることができません。
そして、自分が自分を嫌い或いは尊重できない人間は、他人のことも絶対に尊重できないのです。
これが、この日本中に蔓延する「他人の不幸は蜜の味」という悪意の正体です。
誰かに例え多くの良いところがあっても、それを意図的に無視し、その人の「ごく一部の至らない所」を徹底的に拡大して責め立てる。
きちんとした討論や意見表明の範囲を明らかに逸脱した、ただの誹謗中傷や偏見が、SNSでも実社会でも吹き荒れています。
自分と意見が違う他人がいた時、本来なら「その人なりの生きてきた歴史があった上での考えなのだな」と想像力を働かせるべきです。即座に否定しても何の効果もありません。
しかし、学校で「正解は一つしかない」と教え込まれた大人たちは、「意見の違い」を「人格否定」と勘違いし、相手を全力で叩き潰そうとします。
国民同士が底辺で争い、互いに監視し、足を引っ張り合っている。
この悲惨な社会現象は、すべて「学校教育」という洗脳の成果なのです。
国民が争っている隙に、権力者はやりたい放題
国民が互いの小さなアラ探しに夢中になっている間、この国の上層部では、常軌を逸した不条理が堂々とまかり通っています。
給与は一向に上がらないのに、社会保険料率は容赦なく引き上げられ、個人の実質的な収入は低下し続けています。それに追い打ちをかけるような終わりの見えない物価高。
政治のシステムも完全に機能不全に陥っています。小選挙区制という制度によって、実際の得票数と当選議員数の割合には大幅な乖離(死票の山)が生まれ、一部の組織票を持つ者たちだけが権力を独占し続けています。
しかし、最も恐ろしいのは、国家の根幹である「憲法」すらもが軽視され、破壊されようとしていることです。

「権力を縛る」ための憲法を否定する三権の長
あなたは、かつてこの国の三権の長の中の一人が、国会の場で堂々と放ったこの発言を覚えているでしょうか。
本来、憲法の一番重要な役割とは「国家権力が暴走しないように制限すること(立憲主義)」です。
時の権力者は、その職務上、何よりも憲法を尊重し擁護する義務が厳然として存在します。
にもかかわらず、そのトップに立つ者が、「私はそういう考え方(権力を制限するためという考え)は採らない。国の理想を語るために憲法がある」と国会で、実に的外れで、そして日本国憲法の何たるかを知らないあるいは堂々と無視して、そういう自分勝手で何の正当性もない個人的解釈を、堂々と言い放ったのです。
憲法の定義が、一個人の気分や考え方で変わるものではありません。明らかに間違った、民主主義の根底を覆す暴言です。
しかし、この発言は国会の場で堂々と通り、大した問題にもされず、国民による大規模な暴動が起きることもありませんでした。
なぜでしょうか?
それもまた、私たちが受けさせられてきた「学校教育」の成果だからです。
学校という場で、人間的価値など一切関係なしに「先生」や「先輩」という権威に絶対服従するようしつけられてきた私たちは、
「上の者が決めたことには逆らえない」
「おかしいと思っても空気を読んで黙っているべきだ」
・・・という奴隷の思考を骨の髄まで刷り込まれているのです。
国家による「人の心に対する許しがたい殺人」が止められないなら・・・
国は、意識してこの「学校教育」と称する制度を維持・発展させてきました。
国民を肉体的には適当に死なない程度に生かさせながら、税金を搾り取るために、一人一人の「心に対する許しがたい殺人」を維持継続しているのです。
このままでは、私たち自身も、これから育つ子どもたちも、人間らしく生きることは、この国の中では絶対にできません。
では、今現実にこのディストピアに生きる私やあなた、そして共に暮らす人々は、これに対してどうしていけばいいのでしょうか。
次回はいよいよ最終回です。
あんな学校「教育」の洗脳の被害に遭ってしまったあなたや私、そしてこれから生きて行く子どもたちが、この国で自分自身の能力を遺憾なく発揮し、今より住みやすい社会を作るために「今日からしていくべき行動宣言」を書いて行きます。
