63歳の知性が最新詐欺を完全論破する【小説】『パンドラ・ファイル』(その4)虚構の箱舟(アーク) ~楽園を売る詐欺師たち~第2章:虚飾の超人
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翌日。剣崎は田畑を説得するため、品川駅近くの高級ホテルで開催された「アーク・コイン・グランドカンファレンス」に潜入した。
会場は、約二千九百人もの熱気で膨れ上がっていた。
ステージが暗転し、大音量の音楽と共にスモークが焚かれる。
スポットライトの中、両手を広げて登場したのは、イタリア製の派手なスーツを着た男、天城恭弥だった。
「神は死んだ! だが、私が新たな神になる!」
天城はマイクを握りしめ、陶酔したように叫んだ。
「哲学者ニーチェは言いました。既存の道徳に縛られない『超人(Übermensch)』だけが、世界を切り拓くと! 皆さんは、ただ搾取される『畜群』のままでいいのですか!? 私と共に『超人』になりたくはないのですか!?」
※注・畜群とは:主にニーチェが『善悪の彼岸』などで用いた比喩表現で、主体性を欠き、大勢や既存の道徳に盲従する大衆や弱者を批判的に指す言葉
『なりたいー!!』
会場から割れんばかりの歓声が上がる。
ニーチェの思想を都合よくねじ曲げ、選民意識を煽る。典型的なカルトの手法だ。
「私はかつて、貧しい家庭に生まれました。だが、私は自分の力で這い上がった! あの大ベストセラー経済小説『ハゲタカの翼』……あの主人公である天才ファンドマネージャー、あれのモデルは私なんですよ!」
『おおーっ!』
『本物だ!』
会場がどよめく。田畑も目を輝かせている。
「さらに私は、その功績を認められ、米国大統領から『ゴールドメダル・オブ・フィランソロピー』を授与されました! 世界のトップが認めたこの私が推奨するプロジェクト、それがアーク・コインなのです!」
天城は胸元の金ピカのメダルを誇らしげに見せつけた。
完璧な演出だ。だが、剣崎のインカムには、Bitからの冷徹なファクトチェックが届いていた。
Bit:
『……Axiom、裏取れたよ。笑っちゃうくらい小物だ』
「報告しろ」
Bit:
『まず小説「ハゲタカの翼」の件。出版社と当時の編集者に確認したけど、彼はモデルどころか、取材協力者ですらないよ。
彼がやったのは、作家が取材に来た証券会社で、お茶出しをしたアルバイト店員だっただけ。「あの時、俺がコーヒーを出したから先生は筆が進んだんだ」って勝手に言ってるだけだね』
「……お茶汲みのバイトが、天才ファンドマネージャーに化けたわけか」
Bit:
『それと「大統領のゴールドメダル」。これ、アメリカのネット通販で誰でも買えるジョークグッズだよ。「寄付をしてくれてありがとう」っていう定型文のカード付きで、50ドルくらいかな』
剣崎はステージ上の天城を見上げた。
彼は「超人」を気取っているが、その正体は、他人の威光と通販グッズで着飾っただけの、コンプレックスの塊だ。
「……そろそろ、幕を下ろす時間だ」
剣崎は席を立った。
この巨大な虚構の箱舟に、論理という名の氷山をぶつけるために。

