見出し画像

壊される街と、奪われる民主主義 ―― 熱狂の政治から「私たちの自治」を取り戻すために【第2回】「仮想敵」と「ルサンチマン」 ―― 騙される側の心理学

(第1回から読む)
ルサンチマンという言葉の解説はこちら


なぜ、破壊者は「民意」によって選ばれるのか?

 前回、大阪市民に長年親しまれてきた一般ごみ収集車のメロディーでもある「小鳥が来る街」を、突然いきなり他の市からやって来た大阪維新の会の市長が就任早々「変な音楽」と嘲笑い、一方的に切り捨てた象徴的なエピソードをお話ししました。地域の歴史や人々の生活の蓄積に対する「傲慢な無知」と「破壊衝動」。

 さらに恐ろしいことに、こうした「地域の破壊者」や「憲法の無視・軽視者」たちが、選挙という民主主義の正当なプロセスを経て、圧倒的な「民意」の支持を集め、多くの公職に就いてしまう現実があります。

 外から見れば、市民・府民にとっては「自らの首を絞める自殺行為」とも言えるこの現象。なぜ、これほどまでにまかり通ってしまうのでしょうか?

 それは決して、「市民・府民が愚かだから騙されている」という単純な話ではありません。そこには、人々の心に巣食う不満を利用して、自らを優位に偽装する、極めて巧妙で【詐欺的な手法】が存在するのです。
 今回は、そのポピュリズムの深層心理について解剖してみましょう。

「劇場型政治」における対話の崩壊

 この心理的な詐欺手法は、メディアの現状によってさらに加速されます。ポピュリズムは、一方的な情報発信であるテレビや、感情が支配するSNSという「劇場型メディア」と極めて相性が良いのです。

 テレビのワイドショーやSNSでは、複雑な議論は嫌われ、感情を刺激する「単純なフレーズ」や「ワンフレーズの威勢の良さ」ばかりが求められます。「身を切る改革」「二重行政の解消」「大阪を更地に」

 こうした単純な言葉が何度も繰り返し消費される中で、民主主義にとって最も重要な、ゆっくりとした「複雑な対話」や「他者への敬意」は 「かき消されて」しまいます。私たちは「自ら考える」ことをやめ、劇場で繰り広げられる「悪を叩くエンターテインメント」をただ消費し、その「熱狂」に身を委ねるだけの存在へと堕とされてしまうのです。

次回予告:歪められた選挙制度の罪

「仮想敵」を作り出し、「ルサンチマン」を操作して熱狂を生み出す、ポピュリズムの詐欺的手法。

 しかし、なぜこれほどまでに卑怯なやり方が、現実の選挙結果として、圧倒的な「数の暴力」を生み出すことができるのでしょうか? それは、人々の心理だけでなく、彼らに都合よく歪められた、日本の「選挙制度」そのものにも大きな原因があるからです。

 次回は、少数の様に表向きは見えるが実際は大多数である市民・国民の多くの声を切り捨て、「人工的な大勢力」を人工的に作り出す「小選挙区制」や「選挙区割りの罠」について、その制度的な欠陥をあぶり出していきます。

(次回/第3回へ進む)