【64歳剣崎宗一郎の詐欺撲滅小説シリーズ】『パンドラ・ファイル』(その11)『見えない支配者(ゴースト・ペアレント) ~親という名のシステム~』【第二部:境界線(バウンダリー)の再構築】第4章:システム・クラッシュ
剣崎がルーターに仕込んだ「探査機」は、節子の支配システムが通信する全てのパケットを傍受していた。
節子は、自分が支配しているつもりの「システム」の中で、自分が誰よりも孤独であることに気づいていない。彼女は今、娘である悟の妹の家庭に「お節介なアドバイス」という名の指令を送り込もうとしていた。
「Bit。準備はいいか?」
剣崎が呟くと、インカムから小気味よい音がした。
Bit(ビット):
『いつでも。今、節子さんのタブレットは、僕らが仕込んだ「偽のゲートウェイ」を通ってる。彼女が娘に送る「支配の指令」を、少しだけ……そう、180度回転させてあげるよ』
「やってくれ。システム・クラッシュだ」
節子がタブレットを操作し、娘に向けて「孫の教育方針」を批判し、自らの管理下に置こうとするメッセージを送信した瞬間――。
そのメッセージは、意図しない場所へ転送された。
娘のスマホではなく、節子自身が最も隠し通したかった「息子への偏執的な罵倒ログ」の一部が、娘のスマホに「誤送信」されるように経路がねじ曲げられたのだ。
【システム・ログ:転送完了】
転送内容:[節子から某友人への録音]「あの子(悟)は私のものよ。あの子が幸せになろうとするたび、私が壊してあげるの。それが私の生きがいなんだから……」
娘のスマホに届いたのは、母親の冷酷な本音だった。

娘からの返信が即座に返ってきた。
『お母ちゃん、今まで何をしてたの? お兄ちゃんを、こんなふうに追い込んでいたの!? もう二度と、私の家族に関わらないで!』
節子のタブレットから、甲高い警告音が鳴り響く。
『ERROR: ACCESS DENIED』
『ERROR: CONNECTION TERMINATED BY SATORU'S SISTER』
節子の「支配のネットワーク」が、娘という強力なノードを失ったことで、ドミノ倒しのように次々と遮断されていく。
画面には、これまで彼女が息子に対して送ってきた数百通もの「支配の記録」が、プログラムの暴走によって自分自身の管理画面に跳ね返り、洪水のように表示され始めた。
「……な、何なのこれ! 消えなさい! 消えてよ!」
節子が叫びながら画面を叩くが、Bitの仕掛けたプログラムは、彼女の操作をすべて「コマンドエラー」として処理する。
Abacus(アバカス):
『彼女が息子に使っていた「罪悪感」という名の武器が、全部自分自身に帰ってきている。……論理的な報復だな。これほど効率的なデバッグは見たことがない』
Madame_Rose(マダム・ローズ):
『鏡は砕け散ったわ。彼女は今、自分の顔がどんなに歪んでいるか、スクリーン越しに突きつけられているのよ』
剣崎は、書斎のモニター越しに、パニックに陥る節子を冷徹に観察していた。
彼女は、自分が作り上げた「良き母」という虚像が、自分自身の手で引き裂かれる光景を、ただ見つめることしかできない。
「これが君のシステムだ。君が愛と呼んでいたものは、すべて君自身の傲慢さというバグに過ぎなかったんだ」
節子は、画面の中の「自分自身の悪意」に押し潰され、床にへたり込んだ。
システムはクラッシュした。
残されたのは、ただの孤独な老婆と、崩れ落ちた支配の残骸だけだ。

