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【64歳剣崎宗一郎の詐欺撲滅小説シリーズ】『パンドラ・ファイル』(その11)『見えない支配者(ゴースト・ペアレント) ~親という名のシステム~』【第二部:境界線(バウンダリー)の再構築】第3章:侵入者(インサイダー)

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 剣崎宗一郎は、いかにも「古くからの友人」という雰囲気を醸し出すため、わざと少し緩いツイードのジャケットを羽織り、手に老眼鏡を携えていた。
 標的となる母親、節子せつこ(67歳)の自宅マンションの前。
 彼は事前にBitが作成した「かつての職場仲間」という完璧なフェイク・アイデンティティを身にまとっている。

「……ここが、すべての鎖の根源か」

 剣崎はチャイムを押した。しばらくして、インターホンから警戒心に満ちた声が響く。

「はい、どなた様?」

「突然すまない。かつてのご主人と仕事をご一緒していた、剣崎といいます。最近、悟君の様子が気になってね。少しだけ、昔話をさせてもらえないでしょうか」

 数秒の沈黙の後、カチャリと鍵が開いた。
 ドアの隙間から現れた節子は、思っていたよりも小柄で、どこにでもいそうな「優しそうな老婦人」だった。だが、彼女の瞳には、相手を支配し、自分の物語に組み込もうとする獲物を探すような、鋭い光が宿っていた。

「まあ、剣崎様。主人の……。どうぞ、お上がりになって」

 リビングに通されると、そこは驚くほど整理されていた。だが、節子の手元には、常にスマートフォンがある。
 剣崎は、会話を弾ませながら、さりげなく部屋のWi-Fiルーターと、彼女が愛用するタブレット端末の位置を確認した。

Bit(ビット):
『Axiom、確認したよ。あのルーター、中継器に見せかけて、全端末のトラフィックを外部サーバーへ飛ばすゲートウェイになってる。……あそこのポートに、僕の「プローブ(探査機)」を物理的に差し込めれば、彼女の支配システムの裏側を全部覗ける』

 剣崎は会話の合間に、持参した手土産の箱を広げるふりをして、部屋のWi-Fiルーターの裏側に「極小の無線ドングル」を貼り付けた。
 一瞬の隙。だが、剣崎にとっては、かつて数億円ものプロジェクトをいくつも左右する決断を下してきた時の集中力があれば十分だった。

「……それでね、剣崎さん。悟ときたら、もう40過ぎだというのに、自分のことも自分で決められないのよ。妹の方は立派に育ったのに、どうしてあの子だけ……」
 節子は、ため息を一つ吐き、慣れた手つきでスマホを操作した。
「また、変な場所でお金を無駄遣いしているんじゃないかと思って、こうして常に居場所をチェックして……。あの子のためを思えばこそ、私がずっと見ていててあげないといけないんです」

 剣崎は、彼女の言葉を「慈愛」として聞き流しながら、その裏にある「論理のバグ」を指摘する準備を整えた。
 彼女は、息子を「自分の延長線上の所有物」として認識している。その認知の歪みが、今のこの母子の関係性を縛り付けるシステム(プログラム)そのものなのだ。

「……節子さん。素晴らしいですね」
 剣崎は、わざとらしく感嘆して見せた。
「ここまでの情報網を一人で管理されているのですか? 企業でも、これほどの管理体制を敷くには、一人の担当者では足りませんよ」

「あら、それはもちろん。あの子のためですから」
 彼女は誇らしげに胸を張った。
 剣崎は、心の中でBitに合図を送る。
「Bit。彼女が今、タブレットで操作している『管理コマンド』を、そのまま妹さんの家のルーターへ転送しろ。……彼女が、自分のやり方で『妹』を支配しようとしたとき、何が起きるか見せてやろう」

Bit:
『……それ、かなりエグいよ?』
「構わん。自分の撒いた種が、自分に降りかかる。それが、最も効果的な教育デバッグだ」

 剣崎はコーヒーを一口啜ひとくちすすり、獲物の「自滅の瞬間」を待った。
 母親という名の支配者が自ら作ったシステムによって、最も愛する存在(妹)を突き放すことになれば、彼女の「私は良き母」という物語は崩壊する。

 これが、パンドラの流儀だ。
 彼らのバグを、彼ら自身の言葉で解決させる。

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