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「こんな講師にはなりたくない」と思ったら、その出会いを無駄にしてはいけない

研修講師、手話通訳士の横山熊太郎です。

AIを活用しながら、シニア向けの情報や、書籍やガジェットの紹介などをしています。


人生には、尊敬できる人との出会いがあります。

「あんなふうになりたい。」

そう思える人との出会いは、自分を大きく成長させてくれます。

一方で、

「私はこんな人にはなりたくない。」

そう感じる出会いもあります。

実は、その出会いこそが、自分を成長させる最高の教材になることがあります。


反面教師との出会いは避けられない

仕事でも、講習会でも、研修でも、自分とは価値観が合わない人に出会うことがあります。

話し方が一方的だったり、相手への配慮が感じられなかったり、説明が分かりにくかったり。

その瞬間、「時間を無駄にした」と感じる人もいるでしょう。

しかし、そこで終わらせてしまうのは、もったいないことです。

活かすも殺すも自分次第

反面教師との出会いは、それだけでは意味を持ちません。

「嫌だった。」

「もう会いたくない。」

それだけなら、不快な思い出として終わります。

でも、

「なぜそう感じたのか。」

「どんな言葉や態度に違和感を覚えたのか。」

そこまで掘り下げて考えれば、その人は自分に多くのことを教えてくれた存在になります。

私は、そんなときこそ三つのことを意識しています。

観察する。

言語化する。

記憶する。

感情だけで終わらせず、学びとして持ち帰るのです。

私は講師だからこそ、この経験を活かしたい

私自身、全国で研修や講演を行う立場です。

だからこそ、反面教師との出会いを「嫌だった」で終わらせるわけにはいきません。

「自分ならどう伝えるか。」

「どんな言葉なら受講者に届くだろう。」

「どうすれば安心して学べる場をつくれるだろう。」

そう考えることは、講師としての使命だと思っています。

受講者として感じた違和感は、講師として改善すべきヒントになります。

良い講師から学ぶことはもちろん大切です。

しかし、ときには反面教師の存在が、自分の講義をより良いものへ育ててくれることもあります。

講師が最も気を付けなければならないこと

講師という立場は、多くの人の前で話す機会があります。

受講者は話を聞き、質問をし、ときには感謝の言葉をかけてくれます。

そんな環境が続くと、自分でも気づかないうちに危険な状態になることがあります。

それは、「自分は特別な存在だ」と思い始めることです。

特に大人が集まる学びの場では、講師だけが優れていて、受講者は教えられる側だという意識が生まれた瞬間、学びの場は少しずつ歪み始めます。

受講者は、人生経験も仕事の経験も異なる一人ひとりです。

講師が上で、受講者が下という関係ではありません。

知識や経験を共有し合う場だからこそ、お互いへの敬意が欠かせないのです。

裸の王様にならないために

講師にとって一番怖いのは、厳しい意見が届かなくなることです。

周囲が何も言わなくなったとき、人は「自分は正しい」と思い込みやすくなります。

でも、それは評価されているからではなく、諦められているだけかもしれません。

だから私は、反面教師に出会うたびに自分へ問いかけます。

「私は同じことをしていないだろうか。」

「受講者の表情を見落としていないだろうか。」

「一方的に話して満足していないだろうか。」

この問いを持ち続けることが、裸の王様にならないための大切な習慣だと思っています。

反面教師は未来の自分を育ててくれる

人生から反面教師をなくすことはできません。

でも、その出会いを無駄にしないことはできます。

「こんな人にはなりたくない。」

そう思った瞬間こそ、自分を磨くチャンスです。

観察する。

言語化する。

記憶する。

そして、自分の行動へ反映する。

その積み重ねが、受講者から信頼される講師、そして学び続ける人を育てていくのだと思います。


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