【創作大賞2024応募作】神々の憂い #14
蔓の豹変に、店長と坂下はただただ目を丸くして驚いており、ノエに至っては、この状況を収める気など、さらさらなさそうだ。
暴走を止める役割りはどこへ行った?
「わたくしは、そんな情けない神に仕えてきたつもりはありませぬぅぅぅぅぅっ!!」
一段と激しい絶叫のあと「なんの騒ぎ?」と、エキがバタバタと足音を鳴らして大広間に入ってきた。
助かった――。
「月光院に戻ってきた途端、ガチギレの声がさ――。何があった?」
一瞬だけ静かになったものの、再び蔓が喚き始めたので、エキは蔓の口を手で塞ぐと、力ずくでその場に座らせた。
蔓は手足をバタつかせて抵抗していたが、しばらくするとおとなしくなったので、エキは塞いでいた手を離して、再び「何があった?」と問いかけた。
蔓はしぶしぶながら、騒いだ経緯をエキに話して聞かせる。
「ハハハハハっ! 蔓がヤクに説教するとはねー」
エキはククっと肩を震わせて笑っている。
「蔓はヤクに甘すぎたのだ。たまにはガス抜きになっていいだろ」
ノエが蔓を止めなかったのは、ガス抜きをさせるためだったのか……。
蔓はまだ怒りが収まらないのか、プンスカしている。
「僕、エキさんのその姿初めて見たっす」
「エキでいいよ。そう言えば、おじいちゃんの姿しか知らないんだっけ」
「はい。いいっすね。その感じ」
「でしょー。僕、イケメンなんだよねー」
思わず、ぐふっと吹き出してしまい、エキにジロリと睨まれた。
灯はエキと視線を合わせないように、そおっと坂下を手招きして呼び寄せると「あのさ」と言って、耳元に口を寄せ「エキの正体を知ってるの?」と小声で訊ねた。
「疫病神っすよね?」
小声で訊ねた意味も虚しく普通に答えられたので、開き直って「初めて疫病神に会ったのに怖くないの?」と訊ね返した。
「ぜんぜん。えっ、だってノエの幼馴染っすよね。灯さんは怖いんっすか?」
あまりにも平然と返されたので、灯の感覚がおかしいのかとモゴモゴと口ごもっていると
「灯ちゃんはねー、僕たちの正体を知ったときに祟られると思って悲鳴を上げたんだよ」と茶化すようにバラされた。
「えっ、あっ、ちょっともう、エキ、バラさないでよー」
はずかしさで赤面しているのが自分でもよくわかる。
臆病だとバレてしまった。
違う、はずかしのはそんなことじゃない。
中身を知ろうともせずに、貼られたラベルだけで判断する人間だとバレてしまったことが恥ずかしい……。
「まぁ、人の子としては、お前の反応の方が正しいんじゃないか? 先入観という名の警戒心もときとして必要だ。そうじゃないと警戒心が無さ過ぎたがゆえに、危険に目に遭うこともあるだろう。こいつはガキの頃からちょっと変わってたから、逆に心配だった」
ノエが擁護してくれる。
「えっ、それは僕に対して失礼じゃないっすかー?」と不服そうに口を尖らせる坂下に、どっと笑いが起きた。あれだけプンスカしていた蔓も笑っている。
「あっ、そうだ。灯ちゃん」
エキに呼ばれて「なに?」と顔を向ける。
「あいつのことだけど――」
「うん」
「もう、心配しなくても大丈夫そうだよ」
「どういうこと?」
「あいつ、すっごく後悔してた。反省もしてる。自業自得だってこともちゃんと理解してたよ」
「――そうなの?」
「うん。灯ちゃんの襲撃に失敗して、目が覚めたんじゃないかな。警察沙汰になったと思ってるみたいだし、現実が見えて怖くなったのかも。熱にうかされながら、ずっと謝ってたよ。あの言葉に嘘はないと思う。根っからの悪人じゃなさそうだね」
――よかった。
根っからの悪人じゃないというのは、灯もそうだと信じたい。
女遊びに慣れている男ならば、もっと上手に別れることができたはずだ。あんな恨みを買うような別れ方はしない。あれは、女遊びに慣れていないゆえの愚行だ。
新人のころ、丁寧に仕事を教えてくれたのは慎二だ。嫌な顔ひとつせずにクライアントへの謝罪にも同行して頭を下げてくれた。あの優しさに嘘偽りはなかったと思う。
一方で、灯が気づかなかっただけで、人に認められたいという思いも、強く持っていたのかもしれない。慎二は、仕事はできるが、よくも悪くも目立たない。だからこそ、要領よく立ち回る目立つ人たちに成果を搾取されたことがあったのかもしれない。そんな日々が続けば、優しさや誠実さもねじ曲がってしまうのかもしれない。
灯にとっては、慎二の優しさや誠実さこそが魅力だったけれど、慎二にとってはコンプレックスでしかなかったのかもしれない。
人知れず承認欲求を膨らませる日々だったのかもしれない。
そんな悶々とした日々の中で、専務が慎二の良さに気づいてくれた。
どんなに嬉しかっただろう。
そこで勘違いさえしなければ、誠実さを貫き通すことができていれば、順風満帆な生活が待っていたかもしれないのに……、貫き通すことができなかったのは、勘違いしてしまったのは慎二の弱さだ。弱いからこそ、自分の過ちを認めたくなかった。灯とヨリを戻せば傷ついた自尊心が回復できるとでも思ったのだろうか。違う、弱いからこそ、ひとりでいることができなかっただけ。
一緒にいばらの道を歩いて欲しかっただけなのかもしれない。
慎二の暴走背景は理解できる。けれど理解できることと許すことは別問題だ。
お互いのためにも心機一転、別々の道を歩んだ方がいいことには変わりない。
綺麗事かもしれないけれど、慎二には幸せになって欲しいと思う。
そうじゃないと爆弾を投下した手前、寝覚めが悪過ぎる。
「そっか。なら、もうこれで、おしまいだね」
灯がそう言った途端、坂下が「えっ」と漏らした。
「なにか気になることある?」
「いや、そういうわけじゃなくて……。まるく収まったのはよかったっすけど……。なんていうか……。これから戦おう! って気合いが入ったところで、拍子抜けっつうか……、僕の出番がないというか……、なんつうか……」
「つまり、物足りないってことですか? 坂下君的にはもう少し揉めて欲しかったと?」
珍しく店長がからかうようにツッコミを入れると「てんちょー」と、情けない声を上げ、どっと笑いが起きた。
「本来、神が出しゃばることなど、無いほうがいいのだ。|己(おのれ)自身で過ちに気づいたのならば、それが一番良かろう」
まるで、子どもに言い聞かせるようにノエが諭すと、「わかってますよー」と再び情けない声を上げた。
「がっかりするな。もうひとつ問題が残っているだろ」
そう言ってノエは、結界が張られている寝所の方を指差した。
「あー、ラスボスが残ってるっすねー」
全員で寝所の方へ視線を向けると、これまた全員で深いため息をついた。
「でもさ、蔓がガチギレして説教までしたのに、なにもアクションを起こさないっていうのも不思議じゃない?」
「確かに。あいつは頑固だが、根はビビリだ。あのキレっぷりに気づいたら、飛び出してきそうなものだが」
エキの疑問にノエが相槌を打つ。
「聞こえてなかったんじゃないっすかね?」という坂下の意見に「それはないと思うよ」とエキが打ち消した。
「だって、僕が月光院に戻ってきたとき、屋敷中に響き渡ってたもん」
冷静さを取り戻した蔓は「取り乱してしまい申し訳ございません」と、小さくなった。
「ちょっと僕、様子を見てくるねー」
ヤク爺の元へ向かったエキのうしろ姿を眺めながら、ふとなにかが引っかかった。
なんだろう、このむず痒い違和感は……。
「あ」
難問に思えた違和感の正体は驚くほど単純明快だった。
「あぁーー」そう声が漏れると「どうかしましたか?」と店長から怪訝そうに見られた。
「私、今朝、ヤク爺を見ました。御牛田神社で!」
「はぁ?」
お前は何を言っているのだと言わんばかりの顔でノエが灯をみる。
「あの時間、エキは慎二に憑いていたから、御牛田神社にいるわけないんです! それに鼠色じゃなくて、草色の着物でした! ヤク爺は引きこもりじゃありません!」
「マジっすか?」
そうだよ。確かにあの老人は草色の着物を纏っていた。なんであのとき気付かなかったんだろう。
店長から「よく似たご老人を見間違えたということはありませんか」と確認され「あれはヤク爺です」と断言した。
「確かにヤクの気配を感じないな」
ノエが呟いたちょうどそのとき、エキが戻ってきた。
「――ヤクがいない」
この場にいる全員の視線を集めたエキは確かにそう言った。
「やっぱり!」
一瞬の沈黙のあと、「おぉーー」というどよめきが上がる。
「えっ、なに、なに? 知ってたの?」
エキが目を白黒させて戸惑っている。
「さっきね、思い出したの。私ね、御牛田神社でヤク爺を見かけたの! その時はね、エキだって勘違いしてたんだけど、草色の着物だった」
「えっ、あ、そうだったの?」
「蔓、ヤクの気配はいつ頃まで感じていたんだ?」
「えっと、そうでございますね。用意しておいた朝餉は召し上がられておいででした。それからは――、灯様の受け入れ準備でバタバタしておりまして、はっきりとは……」
伏目がちに蔓が答える。
「実はこれまでも抜け出してたんすかね」
坂下の疑問に「それはないと思います」と蔓がすかさず否定した。
「常に誰かが見張っておりましたゆえ。ただ、本日はバタバタしておりましたゆえ、見張りが手薄でございました」
「なにがヤクさんを突き動かしたんすかね?」と坂下が好奇心の塊のような顔を向けると「案外、起始屋の大福でも買いに行ったのかもよ」とエキがのほほんと返した。
「くそっ! 心配させやがって! 籠城を止めるなら、ひとこと言って行けっつうの!」
ノエが怒りでワナワナしている横で「まぁ、よかったんじゃない? 何はともあれ、引きこもりも無事に解消できたんだし」と、これまたエキがのほほんと返した。
「坂下君的には物足りないかもしれませんねー」と、店長が再びからかうような流し目を向けると「解決できてよかったっす!」と声を張り、またまた笑いが起きた。
世の中では嫌われ者の神々だけど、こんなにも優しさあふれる世界が広がっていることを誰も知らないだなんて、もったいないなぁと思ってしまう。でもこれが運命なのだろう。
ひとしきり笑いあったところで、突然、ひらひらとした衣を纏った肉のかたまり――、いや失礼、来客が飛び込んできた。
『豊満』『ふくよか』そんな言葉がよく似合いそうな女性は、菩薩のような笑みを浮かべると
「あかりちゃーん、会いたかったー」
と両手を広げてむにゅっと抱きしめてきた。
見ず知らずの人にいきなり名前を呼ばれて驚くのと同時に、立ちあがろうと中腰になったところで抱きしめられたので、女性の肉厚な胸が灯の顔を塞ぎ、しかもぐりぐりと押しつけられているせいで、思うように息ができず、「うぅっ」と呻き声が漏れる。
「シュリ。離してやらぬと窒息するぞ」
薄れゆく意識の中で、『シュリ』という名前だけが耳に残った。
このひとがシュリ神様――?
「あら、ごめんなさーい」
目の前の肉の塊が離れると同時に必死に酸素を取り込もうとしていた肺に一気に空気が流れ込み、咳き込んでしまう。
「……ゲホッ、ゲホッ!」
「大丈夫ー?」と言いながら、シュリ神様が灯の背中をさすってくれる。
「シュリ、社を離れていいのか?」
「ええ。眷属たちに任せてきたわ。少し早いけど、これから出雲に発つことにしたのよ。このときくらいしか、社を離れることなんてできないんだもの。それに、灯ちゃんが月光院に来てるって言うじゃない? 居ても立っても居られなくて……」
のんびりとした口調で、最後にぺろっと舌を出した姿に、神様に対して不謹慎ながら「かわいー」と呟いてしまった。
シュリは「やだー、灯ちゃん、うれしー」と言って両手を頬にあてて喜んでいる。
シュリのことは弁天様のようなシュッとした姿を勝手に想像していたけれど、このふくよかさに人柄が滲み出ているようで、女神の貫禄があった。
「あのう、こちら様は……?」目を左右にキョロキョロさせながら坂下が割って入ってくる。
「あら、ごめんなさーい。シュリです。自分で言うのも烏滸がましいけれど、朱里七福神社に祀られている神でーす」
そう言ってコテンと小首をかしげる姿に坂下の顔が一瞬デレたことを灯は見逃さなかった。微笑ましすぎる光景だ。
「すげーっ、ホンモノの神様ーっ!」と坂下が驚声を上げると「俺らもホンモノの神だぞ。なぁエキ」とすかさずノエに突っ込まれ、バツが悪そうにしている姿もやはり微笑ましかった。
「灯ちゃん、ありがとう」
ありがとうなんて言われる理由がわからなくて、きょとんとしていると、シュリは灯の手を取り、捻挫した手首を優しく撫でてくれる。シュリは笑うと三日月のように目が細くなった。
「今朝ね、ヤクが来たのよ。灯ちゃんの元彼に憑いてやるから、居所を教えてくれって、すごい剣幕でね」
「えぇっ!」
シュリ以外の全員でハモった。
「びっくりでしょう? あのこが自分から人の子に憑くなんて言い出したのは、どれくらいぶりかしら」
右手の指を折りながら年月を数えている。きっと一本の指は一年という単位ではないのだろう。蔓は、うっすらと涙を浮かべている。
「灯ちゃんのおかげよ。怪我をさせてしまったことは本当に申し訳ないと思ってるけど、これであのこも自分の役割を思い出したと思うのよ」
そう言って灯の腕を再び優しく撫でてくれる。不思議なことにシュリが撫でてくれるたびに痛みが引いていくような感覚にとらわれた。
「これは、自分で転んで怪我をしただけですから……」
「まぁ、ほんとうに優しい子」
シュリは、ふぅっと微笑んで今度は頭を撫でてくれた。
それから蔓の元へと歩み寄ると「蔓、よくがんばりましたね」と言ってむぎゅっと抱きしめた。
「もったいなきお言葉……」
蔓の言葉が震えている。
「私のわがままを受け入れて、よくぞヤクに仕えてくれました。蔓の支えがあったからこそ、ヤクは変われたのだと思いますよ。蔓の支えがなければ、たとえ灯ちゃんが怪我をしたとしても心を入れ替えたかどうか――。これまで、さぞ気苦労が絶えなかったことでしょうね。でもね、私は信じていましたよ。蔓ならうまくやってくれると。ご苦労様――」
毛細血管の隅々まで行き届くような温かい労いの言葉に、蔓は、嗚咽を漏らして泣いている。
蔓のことだから、これまで眷属軍団の前では、不安や苦しみを隠して、取り繕っていたに違いない。
いつだって、しょうがないわねという顔をして、明るく振る舞っていたに違いない。
蔓の孤軍奮闘ぶりを想像して、灯まで、もらい泣きしてしまいそうだ。
そんな湿っぽい空気を払うかのように「ヤクのことだから一日で逃げ帰ってくるかもよ」なんて、エキが茶々を入れる。
すると「うわぁーん」と蔓が声をあげて泣き出して、このワチャワチャ感がたまらなく愛おしく思えた。
《続く》
