「日出づる国、日本」と「太陽の沈む地、モロッコ」に隠された意味とは。
今回は、モロッコから考えていきたいと思います。
モロッコはその名をアラビア語で「アル・ マグレブ」と言い,「太陽の沈む地」という意味を持つ。「日の出づる国,日本」と 「日の沈む国,モロッコ」の友好関係とい う言い回しがよく使われる。
「モロッコ」という名が、「太陽の沈む地」という意味だということが、何故か気になっていました。
「日本」は「日出づる国」と言われてきたため、「日本」と「モロッコ」が対の関係であることになるからです。
そこで、「ヘスぺリスたちの園」と呼ばれる場所があることを知りました。
ヘスペリスたちの園
はるか西方の、日々太陽が沈む「極西」にある不死の庭園で、ときには「宵の明星」(金星)へスペラの姿で顕現した母神ヘーラーの領地だった。へスペリデスの園のリンゴの木には、永遠の生命を与えてくれるリンゴがなっていて、ヘーラーの聖なるヘビに守られていた。地上の楽園paradiseまたは「エデンの園」Edenとみなされた場所のほとんどがそうであったように、へスペリデスの園も「ヘーラクレースの柱」(ジブラルタル海峡東端の両岸にそびえ立つ2つの大岩)の彼方に位置していた。また「ヘーラクレースの柱」は、西の海に通じる海峡の大岩を指していただけでなく、古代の神殿の前に立っていた男根柱のことでもあり、したがってへスペリデスの園は、ヘーラーの再生の子宮を象徴している神殿そのものでもあった。
「ヘスぺリスたちの園」とは、日々太陽が沈む「極西」にある不死の庭園だということで、これは「太陽の沈む地」である「モロッコ」のことではないのか、と感じました。

ヘスペリスとは単数形で、複数形が「ヘスペリデス」となるそうです。
ヘスペリデスは世界の西の果てにある「ヘスペリデスの園」に住んでいる[注釈 1]。その近くでは、父アトラースが天空を背負って立っている。「ヘスペリデスの園」にはヘーラーの果樹園があり、ヘスペリデスは果樹園に植えられた黄金のリンゴの木を世話して、明るい声で歌を歌っている。リンゴの木は、ゼウスとヘーラーの結婚の祝いとしてガイアが贈ったものである[4][注釈 2]。しかし、ゼウスがこのリンゴを採っては恋の贈り物としてばらまいてしまうため、ゼウスの手が届かないように、アトラース山の頂にある果樹園にヘーラーが移し植えたとされる[4]。
「ヘスペリデス」の父は「アトラース」で、天空を背負って立っているとのことで、これは「アトラス山脈」のことだと思われます。
アトラス山脈(アトラスさんみゃく、アラビア語: جِـبَـال الْأَطْـلَـس、ベルベル語:ⵉⴷⵓⵔⴰⵔ ⵏ ⵓⴰⵟⵍⴰⵙ)は、アフリカ大陸北西部のマグリブにある褶曲山脈である。サハラ砂漠と地中海・大西洋の海岸部とを分離している。モロッコ、アルジェリア、チュニジアにまたがり、全長は約2500 kmである。山脈の最高峰は、モロッコ南西部にあるツブカル山(標高4167 m)である[1]。
アトラス山脈には主にベルベル人が住んでいる[2]。一部のベルベル諸語では、「山」のことをアドラ(adrar)またはアドラス(adras)と言い、地名学においてこれらの語はアトラスと同根語と考えられている。
アトラス山脈は、モロッコ、アルジェリア、チュニジアにまたがっており、主にベルベル人が住んでいるということです。
"へスペリデスの園のリンゴの木には、永遠の生命を与えてくれるリンゴがなっていて、ヘーラーの聖なるヘビに守られていた"ということから、これは「聖書」に書かれている「エデンの園」がモチーフとなっていると考えられます。
それでは、「ヘスぺリスたちの園」が「モロッコ」にあったとするなら、それが意味することとは何なのでしょうか。
「ヘスペリデス」とは、一般的には「アトラス」の娘とされているということです。
ヘスペリデス(古希: Ἑσπερίδες, Hesperides)は、ギリシア神話に登場する世界の西の果てにあるニンフたちである。「黄昏の娘たち」という意味。ヘスペリデスは複数形で、単数形はヘスペリス(古希: Ἑσπερίς, Hesperis)。
ヘーシオドスの『神統記』では夜の女神・ニュクスが1人で生んだ娘たちとされるが[1]、一般的にはアトラースの娘として知られ、プレイアデス、ヒュアデスがプレーイオネーとの娘たちとされるのに対し[2]、ヘスペリデスはヘスペロスの娘であるヘスペリスとの間に生まれた娘たちであり、異母姉妹関係になる[3]。
ギリシャ神話で語られる「アトラス」の娘には、「プレイアデス」と呼ばれる7人姉妹がおり、プレアデス星団は日本名で「すばる」と呼ばれています。
以前の記事では「すばる」という呼称が、後に「メソポタミアの地域(シュメール)」を指すようになった、ということを書きました。
となると、「ヘスペリデス」とは「メソポタミア」や「シュメール」のことを暗示している可能性が出てくるのです。
それでは、「モロッコ」と「メソポタミア」との間に、どのような関係が考えられるのでしょうか。
そこで思い起こされるのが、「アフリカ湿潤期」と呼ばれる期間です。
アフリカ湿潤期(AHP、別名)は、後期更新世から完新世にかけての地質時代のアフリカの気候期間であり、当時の北アフリカは現在よりも湿潤であった。
アフリカ湿潤期は、6,000年から5,000年前のピオラ振動寒冷期に終了しました。
AHPはサハラ砂漠とアラビア砂漠に広範な定住をもたらし、古代エジプト文明の誕生など、アフリカ文化に大きな影響を与えました。サハラの人々は狩猟採集民として生活し、牛、ヤギ、羊を家畜化していました。彼らは世界最古の船の一つなどの考古学的遺跡や遺物、スイマーの洞窟やアカクス山脈などの岩絵を残しました。サハラの現在では人が住めない場所でこれらの岩絵が発見された後、アフリカにそれ以前の湿潤期があったと仮定されました。その時期が終わると、人類は徐々に砂漠を捨て、ナイル渓谷やメソポタミアなど、より安定した水源のある地域へと移り、そこで初期の複雑な社会が誕生しました。
「モロッコ」には「サハラ砂漠」があるため、古代にはこの「アフリカの砂漠化」の影響を受けて、モロッコ周辺から民族の移動があったと考えられます。
「アフリカ湿潤期」は、今から6000年から5000年前に終了し、湿潤期が終わると人類は徐々に砂漠を捨て、ナイル渓谷や「メソポタミア」の地域へと移った、ということです。
「メソポタミア文明」とは、紀元前3000年頃(約5000年前)に成立したと言われており、メソポタミア文明を築いた「シュメール人」とは、古代の「サハラ砂漠周辺」から移住して来た人々である可能性が考えられるのです。
「ヘスペリデス」とは「アトラスの娘」で、「アトラスの娘」の名は「プレイアデス」でした。
「プレイアデス」とは和名が「すばる」で、「すばる=シュメール」ではないかと考えました。
「ヘスペリデスの園」が「モロッコ」にあったとすると、古代のモロッコに住んでいた人々とは「ヘスペリデス人」だと言うことができ、「アフリカの砂漠化」によって、「ヘスペリデス人」が「メソポタミア」へと民族移動し「シュメール人」となったのではないか、と考えられるのです。
では、「ヘスペリデス人」とは誰でしょうか。
ヘスペリデスの園
ヘスペリデスの園はヘーラーの果樹園で、世界の西の果て、あるいは北方のヒュペルボレイオス人の国にあるとされた[2][3]。そこに不死を得られる黄金の林檎の林があり[注 3]、不死の百頭竜とヘスペリデスがその番人としておかれていた[3]。この林檎の木はヘーラーとゼウスの結婚の際に、ガイアから贈られたものである[2]。ヘーラクレースの十二の功業の11番目は、ヘスペリデスの園からこの黄金の林檎を盗み出すことだった[3]。
上記で注目すべき点は、「ヘスペリデスの園」とは世界の西の果て、あるいは北方の「ヒュペルボレイオス人」の国にあるとされた、という点です。
ヒュペルボレイオス(古代ギリシア語: Ὑπερβόρειος, Hyperboreios)は、ギリシア神話において、極北の地に住むという伝説上の民族[1]。「北風(ボレアース)の彼方(ヒュペル)に住む人々」を意味する[2]。複数形はヒュペルボレイオイ[3]。ヒュペルボレイオス人[1][3]、ヒュペルボレオス[3]、ヒュペルボレオイ[3]とも呼ばれる。
アポローンを篤く崇拝する民族として知られ、彼らの住む地(国)は一種の理想郷と捉えられていた。ギリシア人は極北の地を「トゥーレ」と呼んで人は住めないと考えていたが、一方では緑の楽園を夢見ていた。
ヘーロドトス『歴史』第4巻32~36章、 大プリーニウス『博物誌』で詳細に語られる。
彼らが住むところは「トラーキアやスキュティアよりも」遠い極北の、プリーニウスによれば天に最も近い、世界の蝶番のような場所で、宇宙の中心にある地球の「星の運航の極限」であり[4]、一年中が春で、穏和な気候に恵まれ、一日中が夜の無い昼である。永遠の光、光明、に包まれた、幸福に満ち溢れた地(国)で、彼らは自由に空を飛び、病気・労働・心配も知らず、1000年に至る寿命と至福の生を送り、平和に暮らしているという。土地は肥沃で実りは豊か、山は蝶、川は魚、森は一角獣に溢れる。
「ヒュペルボレイオス人」とは、ギリシャ神話で極北の地に住むという伝説上の民族だということです。
この「ヒュペルボレイオス人」という名が、「イッセドネス人」とともに出てくるのです。
イッセドネス人の地のもう一つの位置は、パウサニアスの記述から推測できる。紀元2世紀にデロス島でギリシャ人旅行者が聞いた話によると、アリマスピ人はイッセドネス人の北に、スキタイ人はイッセドネス人の南に住んでいたという。
プラシアイ(アッティカ)にはアポロンの神殿がある。ヒュペルボレア人の初穂はここに送られると言われ、ヒュペルボレア人はそれをアリマスポイに渡し、アリマスポイはイッセドネス人に渡すと言われている。そこからスキタイ人がシノペへ運び、そこからギリシャ人によってプラシアイへ運ばれ、アテネ人がデロス島へ運ぶのだ。 - パウサニアス 1.31.2
上記では「ヒュペルボレア人」と書かれていますが、「ヒュペルボレイオス人」のことだと考えて良いと思います。
さらに「アリマスピ人(アリマスポイ)」という部族も、古代ギリシャで伝承されていた一つ眼の部族の名です。
プロコンネソス出身でカユストロビオスの子のアリステアスは、その作詩した叙事詩に、ポイボス(アポロン)によって神がかりとなり、イッセドネスの国へ行ったこと、イッセドネス人の向こうには一つ眼のアリマスポイ人が住み、その向こうには黄金を守る怪鳥グリュプスの群、さらにその向こうにはヒュペルボレオイ人(極北人)が住み、海[2]に至っている。
「ヒュペルボレア人」も「アリマスポイ人」も伝承上の部族とされていますが、「イッセドネス人」は実在の部族だとされています。これを踏まえて、先に引用したイッセドネスについて書かれた文章を読んでみます。
"プラシアイ(アッティカ)にはアポロンの神殿がある。ヒュペルボレア人の初穂はここに送られると言われ、ヒュペルボレア人はそれをアリマスポイに渡し、アリマスポイはイッセドネス人に渡すと言われている。そこからスキタイ人がシノペへ運び、そこからギリシャ人によってプラシアイへ運ばれ、アテネ人がデロス島へ運ぶのだ"
「アッティカ」とはギリシャのアテネ周辺を指す地域のことで、「アポロン」神殿があったということです。「シノペ」とは、トルコ北部の黒海沿岸にある港町のスィノプのことです。
引用文から、実在の部族と地名を抜き出し、時系列に並べてみます。
「イッセドネス人」→スキタイ→黒海沿岸「シノペ」→ギリシャ人→「アッティカ」アポロン神殿→アテネ人→「デロス島」
ここから分かることは、「イッセドネス人」とは「アポロン」と「デロス島」に繋がっている、ということです。
以前の記事で、「イッセドネス人=ベルベル人」である可能性を考えました。
この記事の冒頭では、日々太陽が沈む「極西」にある不死の庭園、「ヘスペリデスの園」とは「モロッコ」にあるにあるのではないか、と考えました。
「ヘスペリデスの園」のもう一つの候補地である、北方の「ヒュペルボレイオス人」の国とは伝承上の国であり、実在の可能性の低い「ヒュペルボレイオス人」や「アロマスポイ人」が、何故か「イッセドネス人」と関連付けられているのです。
今ではこれらの伝承とは、周辺にあった「金鉱」に、よそ者が近づかないように流した「噂」だったのではないか、と考えられているようです。
そのため、「ヒュペルボレイオス人」の国とは「イッセドネス人」の国であると考えられ、もう一つの「ヘスペリデスの園」の候補地が、「イッセドネス人」の国で、「ヘスペリデス人=イッセドネス人」であることが導き出されます。
「モロッコ」にはアトラス山脈があり、アトラス山脈には主に「ベルベル人」が住んでいることから、逆説的に「ヘスペリデスの園」の候補地とは「イッセドネス人=ベルベル人」の住む地であることを暗示している、とも考えられます。
このことは、中央アジアにいた「イッセドネス人」が、アフリカ北西部の「モロッコ」にも国を築いていた可能性を示しているのではないでしょうか。
「フェニキア人」は、「モロッコ」のタンジェなどにも商業植民地を設立していました。
以前の記事で、「イッセドネス人」とユダヤ教の「エッセネ派」が繋がっている可能性を考え、イッセドネス人=ベルベル人=フェニキア人=ユダヤ人であることが導き出されました。
「イッセドネス人」とは、ギリシャ神話の神「アポロン」と、ギリシャにある「デロス島」にも繋がっていました。
その「デロス島」とは、イスラエルの「カルメル山」とも繋がっています。
アポロンはギリシャのデロス島で生まれた。
ギリシャには神殿や聖なる山があり
それらを地図でつないでいくと
一直線上にならんでいる。
カルメル山-ロードス島-デロス島-アテナイ-デルフォイ
古代遺跡や神聖な場所が一直線上に並んでいる、「アポロンライン」と呼ばれるレイラインがあります。

「アポロンライン」とは聖ミカエルラインとも呼ばれ、イスラエルにある「カルメル山」に繋がっており、「カルメル山」には、ユダヤ教「エッセネ派」の神殿が存在していたと言われているのです。
このことからも、ユダヤ教「エッセネ派」と「イッセドネス人」とが繋がっている可能性は限りなく高い、と考えられるのです。
過去の記事で、「スキタイ=ケルト人」が中央アジアからシルクロードを西へ進み、ブルガリアなどの黒海周辺から、メソポタミアやエジプト、地中海の島々に文明を築き、カナン(現在のパレスチナ周辺)にも定住し「ペリシテ人」と呼ばれていたのではないか、と考えました。
今回は、古代アフリカ北西部の砂漠化により、「ベルベル人(ヘスペリデス人=イッセドネス人)」が、ナイル川周辺や「メソポタミア」周辺に移住し、「シュメール人」となった可能性を考えました。
中央アジアから西に「メソポタミア」へ向けてと、北アフリカから「メソポタミア」へ向けての民族移動の両方の流れがあり、「シュメール」で両者が合流した可能性も考えられます。
以前の記事では、カルメル山にいた「エッセネ派」の始祖とは、ユダヤ教に改宗したフェニキア人であった可能性が高く、ユダヤ教の「エッセネ派」と「イッセドネス人」が繋がり、日本の「蘇我氏」と繋がっているのではないか、と考えました。
これまでに分かったことを簡単にまとめると、イッセドネス人(サカ・スキタイ=ケルト人)たちは、中央アジアから西へ進んで古代文明を築き、カナン、イスラエルに留まった後に、再び東へと進み、日本へ到来した可能性が考えられます。
イッセドネス人(サカ・スキタイ / ケルト人)→シュメール人(メソポタミア文明)→エジプト文明→エーゲ文明→カナン人→ベルベル人(ヘスペリデス人)=フェニキア人=改宗ユダヤ人(エッセネ派)=イッセドネス人(サカ・スキタイ)=アシイ=月氏=烏孫→蘇我氏
それでは、「モロッコ」が「太陽の沈む地」で「ヘスぺリスたちの園」の地であるならば、「日出づる国」である「日本」には、どんな「園(その)」があるのでしょうか。
ヘスペリスたちの園
はるか西方の、日々太陽が沈む「極西」にある不死の庭園で、ときには「宵の明星」(金星)へスペラの姿で顕現した母神ヘーラーの領地だった。
「ヘスぺリスたちの園」は、「宵(よい)の明星」(金星)へスペラの姿で顕現した母神「ヘーラー」の領地だった、ということです。
「宵の明星」を司る神が、「ヘスペロス」という神になります。
ヘスペロス(古希: Ἓσπερος, Hesperos)は、ギリシア神話に登場する宵の明星を司る神である[1]。その名は「夕べの星」の意[2]。
アストライオスとエーオースの息子(一説はケパロスとエーオースの息子)で、暁の明星・ポースポロスと兄弟関係だった[2]。また、アトラースの子という説もあり、ヘスペロスの娘であるヘスペリス (Hesperis) がヘスペリデスを産んだともいわれる[2]。ヘスペロスはヘスペリデスの父という説もある[2]。
「ヘスぺロス」とは「暁(あかつき)の明星」を司る神、「ポースポロス」と兄弟関係だったということです。
ポースポロス(古希: Φωσφόρος, Phōsphoros)は、ギリシア神話に登場する暁の明星を司る神である[1][2]。名前は「光をもたらす者」という意味[1]。ヘオースポロス(古希: Εωσφόρος, Heōsphoros)という別名を持つ[1]。ローマ神話ではルーキフェル (Lucifer) と呼ばれた[1]。日本語では長母音を省略してポスポロスとも表記される[3]。
アストライオスとエーオースの息子(一説はケパロスとエーオースの息子)で、宵の明星・ヘスペロスと兄弟関係だった[1]。またケーユクスとダイダリオーンの父である[1]。
松明を手にした青年の姿で表される[1]。
「ポースポロス」とは、ローマ神話ではルーキフェル (Lucifer)、 「ルシファー(悪魔 / サタン)」と呼ばれたということです。
となると、「ヘスぺリスたちの園」と対になる「園(その)」とは、「ルシファーの園」と考えることもできます。
この「日本」とは、世界最古の悪魔崇拝の聖地であることが、「RAPT理論」によって解明されているのです。
マヤ・アステカ・インカ文明で行われた残酷な生贄儀式が、すべて日本に起源があるという明確な証拠。
日本と古代エジプトと悪魔崇拝のつながりが一発で分かる幾つもの物的証拠。
古代エジプトの太陽信仰=悪魔崇拝が、現在の日本の天皇家へと流れ着き、天皇家を最大級の財閥にするまで。
しかし「神様」は「ハルマゲドン」を戦ってくださり、サタン(悪魔)を完全に制圧してくださったことを、今この時代の「神様」の「使命者」であり「中心者」である「RAPTさん」が、私たちに「御言葉」を通して教えてくださいました。
ハルマゲドンが終わった今、主は私たち一人一人の人生を深く顧み、深く介入してくださる。その分、厳しい裁きや練達を受けるが、豊かに恵みを受けて早く成長し、霊肉ともに大きく栄えていくだろう。
2023年からの時代は、「神様」がこの地を統治してくださるようになり、私たちも「神様」と共にこの地に「地上天国」を作り、「千年王国」を作っていく時代となったことを、「RAPTさん」は教えてくださっています。

2023年に入ると、人類に対する刑罰の期間が終わり、千年王国の時代に入る。千年王国の祝福に預かることができるように、心から全ての罪を悔い改め、希望をもって神様に近付いていきなさい。
これから始まる聖霊の歴史(千年王国の歴史)は、これまで人類が誰も享受したことのない爆発的な恵みの歴史であり、私たち人間の想像を遙かに超えた祝福の歴史だ。
2023年からは、実質的に地上に天国を作っていく時代だ。そして、地上天国は一人では作ることができず、中心者や兄弟姉妹と共に作ってこそ実際に作ることができる。
どうか一刻も早く、この世界から全ての「悪」と「非真理」が完全に滅び去りますように、一刻も早くこの世界が「神様」の「真理」と「愛」に満ちあふれた「地上天国」となり、全人類が「神様」の「祝福」と「恵み」に満たされて救われていきますように、心からお祈りしています。
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