満たされると、なぜ焦らなくなるのか ― 満たされないまま、何を追い続けていますか? ―
こんにちは、みゆです🌿
会社員でフルリモート、フルタイム勤務をしつつ、二人の子育てをしています。考えすぎてしまう日々の中で、少しずつ整えてきたことを書いています。

気づけば、いつも何かを追いかけている。
やることに追われ、時間に追われ、「まだ足りない」と感じながら動き続けている。
少し立ち止まりたいと思っても、止まることにどこか不安を感じてしまう。
「このままでいいのだろうか」
そんな思いが、ふと頭をよぎることもあるかもしれません。
でも、その焦りは本当に、やることが多いから生まれているのでしょうか。
その正体について、一緒に考えて行きませんか。
何かに追われ続けている感覚
これまでずっと、何かに追われるように過ごしてきました。
仕事
家事
子育て
一日の中にやることは常にたくさんあって、どれも中途半端にはできないと思っていました。
すべてをきちんとこなさなければいけない。
そう思うほど、時間に追われ、焦る感覚が強くなっていきました。
「まだ終わっていない」
「もっとやらなければ」
そんな思いを、いつも抱えて過ごす毎日。
一人ですべてをやらなければいけない、という思いもありました。
頼ることよりも、自分で抱えることが当たり前だと思っていました。
そして、どうせやるなら完璧に。
そう思うほど、「できなかったら」という不安が大きくなり、焦りへと変わっていました。
そしてまた、
どこかで「忙しくしていないといけない」とも思っていました。
止まってしまうと、怠けているような気がする。
価値がないように感じてしまう。
本当は休みたいのに、その気持ちを受け入えきれない自分にも、どこか焦りを感じていました。
満たされなかった理由は、外に求めていたから
なぜ、こんなに焦っているのか。
振り返ってみると、そこにはずっと変わらない思いがありました。
「認められたい」
常に動いていないといけない。
常に成果を出さなければいけない。
常にきちんとしていないといけない。
そこあったのは、誰かに認めてもらいたいという気持ちでした。
できないことを受け入れられない自分。
無理をしてでも、認めてもらおうとしていました。
「ここにいていい」と思える、安心できる場所がほしかった。
でも、どれだけ頑張っても手に入りませでした。
そしてある時、気づきました。
「外に求めても、満たされることはない」ことを。
どれだけ理想に近づこうとしても、それを完全に満たすことはできない。
人はそれぞれ違う価値観を持っていて、すべてを理解し合うことはできない。
それなのに、外に答えを求め続けていたことで、苦しさが生まれていたことに気づきました。
そして、満たされるために必要だったものは外ではなく、自分の中にあることにも気づいていきました。
外に求めるのをやめて、自分に戻る
そこから、少しずつ行動を変えていきました。
🌿周りのせいにするのをやめる
まずやめたのは、周りのせいにすることでした。
「どうしてわかってくれないのか」
「どうしてやってくれないのか」
そう思っていたことの多くは、自分が勝手に期待していたことでした。
自分は他の人の気持ちをすべて理解できているのか。
求められていることに、すべて応えられているのか。
自分に置き換えて考えたとき、それは難しいということにやっと気づきました。
🌿「当たり前」を手放してみる
「当たり前」という価値観を手放しました。
これまで自分が当たり前だと思っていたことも、一度立ち止まって、問い直してみるようにしました。
「本当にこれは誰もが思っていることなのか」
「自分だけが思っているのではないか」
そうやって少し視点を広げてみると、価値観は時代や環境によって変わるものだと気づきます。
絶対的な正しさは、どこにもない。
そう思えたとき、自分にも、周りにも、必要以上に求めることが減っていきました。
🌿振り回される側から、選ぶ側へ
起きることをすべて「自分ごと」として考えるようにしました。
子どもが思うように動かない
家族が片付けをしない
仕事で評価されない
こういったことを思ったとき、その出来事を否定的にとるのではなく、自分にできることはなかったか、と考える。
▶️子どもがなかなか動かないとき
余裕のあるスケジュールを組めていただろうか
声のかけ方を変えられなかっただろうか
と振り返ってみる。
▶️家族が片付けをしないとき
自分の「こうあるべき」を押し付けていなかったか
共有の仕方に工夫はできなかったか
と考えてみる。
▶️仕事で評価されないとき
求められていることに応えられていたか
自分の成果をきちんと伝えられていたか
と見直してみる。
そうすることで、「できないこと」に振り回されるのではなく、
「自分で変えられること」に意識が向くようになりました。
満たされると、追いかけなくなる
少しずつ、変化が起きていきました。
📌 求める前に、自分に問いかける
何かを求める前に、自分の中で解決できないかを考えるようになりました。
本当にそれは必要なのか。
今の自分にできることは何か。
そのように考えることで、無理に何かを追いかけることが減っていきました。
📌 「やらなければ」から、「選ぶ」へ
「やらなければいけない」から、「できることをする」へ。
すべてをこなそうとしていたときは、どれだけやっても足りないように感じていました。
限られた中で、できることを選ぶようになると「これでいい」と思える感覚に変わっていきました。
その積み重ねが、少しずつ余裕を生んでいきました。
📌自分で自分を満たすということ
そして、いつの間にか、「認めてもらいたい」という気持ちも、少しずつ薄れていきました。
以前は、誰かに認めてもらうことでしか、自分の価値を感じることができていませんでした。
でも、自分で自分を認められるようになると、外に答えを求める必要がなくなっていきます。
できていることも、できていないことも、そのまま受け入れる。
すると、「足りない」という感覚に振り回されることが減っていきました。
満たされるというのは、何かを手に入れることではなく、すでにあるものに気づくこと。
ずっと外に探していたものは、本当は始めから自分の中にあったのだと思います。
追いかけなくてもいいという選択
今、もし何かに追われるように過ごしているなら、その焦りは、「足りないもの」を追いかけているサインかもしれません。
それは本当は、すでに持っているものに気づいていないだけなのかもしれません。
周りに求めれば求めるほど、苦しさは大きくなる。
だからこそ、一度、自分に戻ってみる。
自分は本当は何を求めているのか。
それは、自分の中で満たせるものではないのか。
そうやって自分を信じてあげることで、少しずつ満たされていきます。
満たされると、もう追いかけなくてもよくなる。
焦って何かをしなくても、自然と必要なものを選べるようになっていきます。
日々の感じる不足感について、他にも書いています。
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※読んでくださった方へ
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます。
この文章の背景には、「生きることそのものが苦しかった時期」の経験があります。
食べることが負担になり、減らすことでしか自分を保てなかった日々。
その原点を書いたのが、1作目:『減らして生きる ― 食べることが苦しかった私の記録 ―』です。
そして今回、その時間の延長線上にある記録として2作目を出版しました。
2作目:『少食に慣れるという選択: ― 慣れていくことで、なりたい自分に近づく―』
いずれも答えを示すための本ではありません。ただ、同じように苦しさの中にいる方が、
「ひとりじゃない」
と感じられる一冊であればと思っています。
必要なところから、必要な順番で読んでいただけたら嬉しいです。

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