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不安を消そうとするほど苦しくなる理由 ― その感情は何を知らせていますか? ―

不安、焦りを感じた時、その感情はなぜ感じているのか、考えたことはありませんか?
今日は、その感情が知らせてくれるもの、について書いていきます。


不安に支配されていた日々

私が怖かったのは、
将来でも、お金でもありませんでした。

本当は、もっと単純なことでした。

このまま、楽しく生きられない人生で終わってしまうのではないか。

その感覚が、長年の間ずっと持ち続けていました。

家庭を持ち、子どもを持ち
たとえ家族と過ごしたとしても、どこか落ち着かない。

一人になれないことに、なんとなくの苛立たしさを覚える。

仕事をしていても集中できず、
「やりきった」と感じる日があまりありませんでした。

そして、ふとした瞬間に思っていました。

「生きているのが辛い」
「全て投げ出せたら」

そんな感覚が、突然押し寄せてくることがありました。


不安を消そうとするほど強くなる

その不安から逃れるために、
私はずっとある行動を繰り返していました。

それは、
食べること。

食べ物を買う。
食べる。

なくなったら、また買う。

その消費行動の中で、
なんとか不安をごまかそうとしていました。

それでも、不安は消えませんでした。

そして、
不安は別の形で現れもしました。

周りに対して否定的になる。
攻撃的な態度をとる。

自分を正当化して、
不安から自分を守ろうとしてました。

でも、あるとき気づきました。

不安は、消そうとするほど強くなる。

また、もう一つのことにも気づきました。

不安は、
何かが間違っていることを知らせている感情なのではないか。


不安を消すのではなく、状態を整える

それから私は、
不安を消そうとするのをやめました。

代わりに、
自分の状態を整えることに集中しました。

早起きから始めた

朝の時間は、誰にも邪魔されません。
その静かな時間を持つことで、

「私は自分の人生を生きている」

そんな感覚を、少しずつ取り戻していきました。

次は、散歩

不安を感じているとき、
体は強く緊張しています。

歩くことで体の緊張がほぐれ、
心もゆっくり落ち着いていきました。

また、散歩によって頭もさえ、
本来と必要のない思考にとらわれなくなりました。

そして、読書

不安の中にいるとき、
人の視野は気づかずに狭くなっています。

  • 他者の言葉に触る、

  • 文脈を読み取り、想像する

  • 別の視点を知る

固まっていた思考が少しずつほどけていきました。

このように、不安を直接どうにかすることはやめました。

ただ、
心と体を静かに整えることを続けていきました。


不安を「お知らせ」として受け取る

今でも、不安がよぎることはあります。

でも、以前とは受け止め方が違います。

不安を感じた時、私はこう考えます。

「これは、お知らせ」
私に何かを知らせようとしている。

  • 無理をしていないか。

  • 疲れていないか。

  • 本当の気持ちを無視していないか。

そのサインなのかもしれない。

そう思うようになると、
その不安を深く追いかけることはなくなりました。

まず、状態を受け入れる。
そして、まずは自分の状態を整える。

そして、明るい気持ちで、
その「お知らせ」を受け取ります。

すると、不思議なことに、
不安は静かに消えていきます。

これは、
どん底まで不安に飲み込まれたからこそ、
本当に理解できたことでした。

不安は、敵ではない。

生き方を調整するためのサイン

そう思えたとき、
私は初めて、不安と仲良くなれたのだと思います。


日々の感じる不足感について、他にも書いています。

よかったら覗いてみてください。


※読んでくださった方へ

最期まで読んでいただき、ありがとうございます。

この文章の背景には、「生きることそのものが苦しかった時期」の経験があります。

食べることが負担になり、減らすことでしか自分を保てなかった日々。

その原点を書いたのが、1作目:『減らして生きる ― 食べることが苦しかった私の記録 ―』です。


そして今回、その時間の延長線上にある記録として2作目を出版しました。

2作目:『少食に慣れるという選択: ― 慣れていくことで、なりたい自分に近づく―』


いずれも答えを示すための本ではありません。ただ、同じように苦しさの中にいる方が、

「ひとりじゃない」

と感じられる一冊であればと思っています。

必要なところから、必要な順番で読んでいただけたら嬉しいです。



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