【連載小説】夏の果実が未来を紡ぐ。——翠緑の循環【2】(全9話)
【第1話はこちら】
【登場人物】
主人公:ミキ 1997年9月6日生まれ
ミキの兄:ケンイチ 1992年生まれ
ミキの父:マコト 1964年生まれ
ミキの母:マヤ 1966年生まれ
ミキの祖母:ナツエ 1937年7月1日生まれ
ミキの祖父:コウイチロウ 1933年生まれ(享年58歳)
伯父(マヤの実兄):ソウタロウ 1963年生まれ
伯母:ヨシコ 1966年生まれ
従兄:リョウタ 1989年生まれ
従姉:アンズ 1994年生まれ
従姉:カナエ 1997年7月27日生まれ
カナエの同級生:サクラ、アキコ、カケル、トモヤ
父とソウタロウおじさんがダラダラと飲酒する中、母とヨシコおばさんは、手早く片づけを始めていた。
縁側の前の砂利では、ばあちゃんを囲んで、孫4人の花火大会が始まっていた。
東京では絶対に出来ない、打ち上げ花火や噴出花火の数々。
光に遅れて、上空にから降り注ぐ、パン!という乾いた音がお腹に打ちつける。
色を変えながら一気に噴きあがる、まばゆい光の粒。
闇夜に4人の子供たちの、そしておばあちゃんの顔が一瞬一瞬浮かび上がる。

着火係のケンイチも、年齢を忘れてノリノリになり、<手で持ってはいけません>と書かれた大型花火を両手で持って、斜めに火花を噴出させた。
(夜空に星が流れている!天の川みたい!)
ミキの目の表面には、確かに星々が映っていた。
「はは!お姉ちゃんのオシッコみたい!」
「やだ、カナエ、何言っとんの!」
アンズがすかさずカナエの口を塞ぐ。
「本当だも~ん」
「やめてよ、昔の話やろ!」
煙が瞼に蓋をして涙を吸い出すさなか、虫よけスプレーと、火薬と、唐揚げの匂いを、湿度の残るぬるい風がかき混ぜていく。
笑い声が、宇宙まで届いているようだった。
「ほんなら、朝にアンズとカナエ迎えに来るもんで、よろしくねぇ」
ヨシコが運転席の窓を開け、立ち並ぶ皆に手を振る。助手席のソウタロウはいびきをかいていた。
「カナエ、ちゃんと準備しとかなあかんよ」
「大丈夫、大丈夫、心配しんくても!」
カナエは、左手で痒そうに両足をポリポリと搔きむしりながら、右手を素早く左右に振った。
鼻をつく排気ガスの温度を顔に吹き付けて、テールランプが遠ざかって行く。
「さあ、お風呂にせんねぇ」
ばあちゃんが優しく言って、ミキたちは玄関に戻って行った。
父は酔って寝ていたので、母が一番風呂に入っている間、順番を決めるために誰もが知っている、樽に剣を刺すゲームが始まった。
「何だよ~、俺が最後かよ~」
2巡目で見事に海賊を飛ばせたケンイチが、後ろにひっくり返り、ばあちゃんも孫たちと同じように手を叩いて笑った。
その目の輝きに、ミキは10代の頃のばあちゃんと一緒に遊んでいるような、不思議な感覚になっていた。
「いい湯やったわぁ。次はアンズの番やお、入りんねぇ」
頭にタオルを巻いたばあちゃんが、茶の間を覗いた。
電灯の光が滑らかな頬を照らし、ほんのちょっとだけ、若返って見えた。
アンズは、去年までミキたちと一緒にお風呂に入っていたが、もう一緒には入ってくれなかった。
アンズの入浴中、カナエの遠足の写真なんかを見ながら、他愛もない話をしていた。
「あ、これ林間学校の写真やお。こんな田舎で林間学校って意味わからん。都会学校にしてほしいわ」
と、カナエが両肩をストン、と落とした。
「あ、これ……カケル君?」
ミキは一枚の写真を焦ったように両手で持ち上げて、目を近づけた。
「お~、よう見つけたなあ。そっか、ミキちゃん、去年カケルのこと気にしとったもんねぇ」
カナエはニヤついて、下からミキの顔を見上げた。
「やめてよ~。カナエちゃんはどうなの、前に言ってたスイミングの子」
「いかんわ。進展なし。女に興味ないんやお、あいつ」
カナエはカーペットの上にゴロンと仰向けになった。
「明後日、いつものメンバーで遊ぶもんで、カケルも来ると思うよ。やったねぇ!」
「ホントに!?」
ミキが詰め寄る。
「カケルとミキちゃん、偶然、お祭りで会ったんだっけなぁ」
ミキの皮膚に、カケルを交えて皆で遊んだお祭り会場の、太鼓のリズムが蘇る。
「遅いねぇ、お姉ちゃん」
カナエはおもむろに立ち上がって、廊下へ出ていく。
ミキは、もっとカケルの話がしたかったが、カナエの後を追った。
冷房が及ばず蒸し暑い廊下を抜け、脱衣室の前に立つ。
一昨年までタイル張りの古い浴室だったが、昨年リフォームをして、ミキの家よりも広くて快適なバスルームになっていた。
「遅いって!まだー!?」
カナエが乱暴に引き戸を開けると、もわっとした湿度と共に、ほんの一瞬、白黒クッキーのようなアンズの姿がミキの目に入った。
「ちょっと、急に開けんでよ、カナエ!すぐ出るもんで、あっち行っといて!」
なぜかミキまで睨まれてしまい、2人は目を見合わせて、ムフフと笑った。
笑いながらミキは、胸壁を強く打っている心音が、カナエに気づかれないように必死だった。
昨年まで一緒に湯船でふざけ合っていた、子供だったアンズは、どこにもなかった。
さっきからずっと痒かった、スポーツブラジャーの裏側の皮膚が、急に熱を帯びたように脈打ち始める。
ミキは、汗で濡れた両手を必死に両膝にこすりつけた。

2人での入浴は、ちょっと気恥ずかしくはあったが、最後は大盛り上がりで同学年の絆を深め、扇風機の前で市販のカップかき氷に、ガシガシと木ベラを打ち付けていた。
削りたてのフワフワしたのもいいけれど、この氷がジャリジャリとしながら、粘膜の熱を奪いながら溶けていく感覚もミキは好きだった。
「明日は病院かあ。せっかくミキちゃん来とるのに、面倒くさいなあ」
カナエは歯で木ベラを挟んで、先端をリズムよく上下させた。
カナエは小さい頃の病気のために、今でも年に1回、医大病院に検査に通っていた。
「ウチもお寺とか行くみたいだし。明後日楽しみだな」
ミキも真似をして木ベラを上下させると、カナエがチャンバラのように木ベラをぶつけてきた。
2人同時に、木ベラが空中に弾けた。お互い、赤くなった舌と、唇の横にたまった泡を見て、大笑いした。
仏間に布団を三つ並べて寝る。
かつては、ばあちゃんを真ん中にして、孫5人の布団が挟んでいた。
見えない扇風機からの空気が、右に、左に、ゆっくりと頭皮に当たる。
畳と、すこし湿気た布団の匂いを、蚊取り線香の煙が優しく包む。
大きな壁時計の秒針だけが響く。
「ねえ、ばあちゃん、お話ししてぇ」
甘えた声で、カナエがおねだりする。
「もう、そんな小さい年でもないやろに。じゃあ、七枚のお札でも話したろうかねぇ」
「何それ、3枚じゃないの?」
と、ミキも大喜びした。
昔から、ばあちゃんがアレンジした、有名なお話しを聞いて寝る。
孫たちにとって、非日常の贅沢な夜だった。
はっきりとは見えないけれど、豆電球でオレンジに照らされた、コウイチロウじいちゃんの写真が3人を見下ろしていた。
【次回予告】
「土に還してからじゃないと、肥料にはならんのやわ」。
一族の墓地、降りしきる大雨。ばあちゃんが語る、自然の営みの理と不条理。母マヤが抱える秘密とは?
