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【連載小説】夏の果実が未来を紡ぐ。——翠緑の循環【3】(全9話)

#創作大賞2026 #エンタメ原作部門


【第1話はこちら】


【前回のお話はこちら】


【登場人物】

主人公:ミキ     1997年9月6日生まれ
ミキの兄:ケンイチ  1992年生まれ
ミキの父:マコト   1964年生まれ
ミキの母:マヤ    1966年生まれ

ミキの祖母:ナツエ  1937年7月1日生まれ
ミキの祖父:コウイチロウ 1933年生まれ(享年58歳)

伯父(マヤの実兄):ソウタロウ  1963年生まれ
伯母:ヨシコ     1966年生まれ
従兄:リョウタ    1989年生まれ
従姉:アンズ     1994年生まれ
従姉:カナエ     1997年7月27日生まれ

カナエの同級生:サクラ、アキコ、カケル、トモヤ



ワンルームの午前11時。

25歳のミキは、コンビニのトマトサラダを左手に、ノートパソコンをいじっていた。

ケンイチが宣言した、作戦開始。
ミキは、決心したように、画面をクリックしていく。

「よし」

とつぶやき、プラスチックのフォークでサラダを運ぶ。

口の中に、乾燥した紐のようなキャベツの千切りが、トマトにまとわりついたまま舌に絡まる。

嚙んでみても、期待するような弾力も、酸味もない。
色は赤いけれど、ミキが知っているトマトの味ではなかった。




ばあちゃんの家の2日目の朝、ミキは左肩に乗ったカナエの足の重さで目が覚めた。

外は爽やかな青空で、午後から雨の予報というのが信じられない程だった。

ミキとカナエは庭に出て、ばあちゃんと一緒にトマトを選んでいった。

茎のざらざらした毛の感触。

ひんやりしているのに、微妙にぬるい、トマトの表面。

切り離した時に鼻孔に飛び込む、トマトの青い匂いの微粒子。

サンダルから覗く足の甲に日差しを感じながら、籠を満杯にした。

トマトは、朝食のサラダに変身した。
マヨネーズをかけて口に入れる。

皮の下の弾力が歯を受け止め、トロリとした種が酸味を運ぶ。

ミキとカナエは、

「うーん!」

と、言いながら、両目を強く瞑った。
しかし、ミキは、母がトマトに手を付けていないことに気づいた。

「あれ、お母さん、トマト食べないの?」

「うん、ちょっとね」

母が、何か言いたげに、皿を押した。

「じゃあ、俺が貰おうっと」

と、ケンイチがフォークを刺して、口に入れた。
母は笑いながら、それを見ていた。


朝食の後、ミキは課題をこなし、横では時々集中力を切らせながら、カナエが宿題をやっていた。

「あーん、よくわからん。ミキちゃん教えてぇ」

カナエは、虫刺され跡だらけの両足を、テーブルの下にピーンと伸ばし、背もたれにうなだれた。

鉛筆を握ってアドバイスするミキの両腕は、赤く熱を帯びていた。


「じゃあマヤ、1日にミキちゃん連れてくもんで、安心して。ケンイチも元気でな。マコトくんも気を付けてな」

アンズとカナエの肩に腕を回すソウタロウおじさんは、酔ってだらしなくなっていた昨夜とは変わって、少し汗の滲んだ頼もしい胸板が、ポロシャツの襟を伸ばしていた。

「マヤさん、じゃあ、またねぇ。気を付けて行きんねぇ」

そう言って、ヨシコおばさんは助手席に乗り込んでいった。


ミキたちは、車で少し離れた高台にある一族の墓地に向かった。

石材で仕切られた区画に、モニュメントのような巨石がそびえる中、両脇にこちらを睨みつけるように墓石が立ち並んでいる。

ちょっとだけ怖そうに映った、コウイチロウじいちゃんの遺影がよぎる。

「じいちゃんは、この下にいるの?」

ミキは、同じ質問を、今年も繰り返した。

「そうやよ。じいちゃんも、ひいじいちゃんも、みーんなここで土に還ったんやわ。ずっと私らのこと見守っとるかもねぇ」

ばあちゃんは、自分の家がある方角を眺めながら言った。

平地とは違う肌触りの風が、ミキの髪を湿らせて舞い上げる。
ばあちゃんの細めた瞼の縁が光を反射して、ミキは社会の教科書で見た仏像の顔を思い出していた。


午後はミキの両親とケンイチは買い物に出かけてしまい、ミキと、ばあちゃんの2人きりとなった。

風の温度と向きが、急に変わったなと思った途端、空は薄墨をこぼしたように余白を埋めていった。

「少し涼しくなるといいねぇ」

庭に降り始めた雨を覗いて、ばあちゃんは窓を閉めた。
瞬く間に大粒の雨が庭をベチベチと音を立てて叩きつけ、窓ガラスの景色の輪郭を滲ませていった。

「雨かあ。でも、庭の野菜たちは嬉しそうだね」

ミキはカーテンの間に顔を入れて言った。
ばあちゃんも、ミキの斜め後ろに並んで、

「そうやねぇ。ここのところ、暑かったし、晴れとったでねぇ。でもね、ミキちゃん、降りすぎもよくないんよ」

と、言って、ばあちゃんは少し笑った。

「どうしたの、ばあちゃん?」

「いやね。マヤがミキよりも小さかった頃のこと思い出してねぇ」

「うん」

「そこの庭に、マヤが自分で植えたトマトがあったんやわ。で、どっかで残飯が肥料になるって聞いてきたんやねぇ。私に内緒で、せっせと毎日残飯を土に埋めとったもんで、トマトを枯らしてまったんよ」

「肥料にならなかったの?」

少し驚いたように、ミキが振り返る。

「土に還してからじゃないと、肥料にはならんのやわ。人の思い通りにはならんもんでねぇ」

優しくばあちゃんが笑った。

「トマトに申し訳なかったんかねぇ。それ以来、マヤは庭のトマトは食べんくなったんよ」

「そうなんだ」

ミキは、もう一度庭に顔を向けた。

雨ガッパを着た女の子が健気にしゃがんで、泥にまみれながら、トマトの脇を掘っている後ろ姿が映った気がした。


夕方、レジ袋をたくさんぶら下げて、ミキの家族が戻ってきた。

「ひどい雨だったわ~。ミキ、ちゃんと課題やった?」

そう言った母の袖口は、雨が染みてブルーアイリスの色が濃くなり、細い腕に貼りついていた。

「ちゃんとやりましたよ」

ミキは、後ろで手を組んで、顔を斜めにして軽くお辞儀をした。

「なあに、ニヤニヤして。私、何か変?」

と、母は両腕を挙げて顔を左右に振った。

「何でもなーい」

ミキは、嬉しそうに答えた。

その夜は、ミキの家族とばあちゃんで、すき焼きを食べた。


仏間では、ミキと、ばあちゃんの、2人きり。

この夜は、「五寸法師」を話してくれた。小さくても鬼の口の中には入り切れず、喉に詰まって鬼を降参させるというユーモラスな話だった。

「ねえ、ばあちゃん」

暗がりに響く秒針の音が、模擬試験の会場の記憶を呼び起こす。

「なんやぁ?」

「私の受験のこと、どう思う?」

ミキは天井の豆電球を見つめながら言った。

「そうやねぇ。ばあちゃんの頃は、女の子は、勉強できるだけでありがたいっていう時代やったもんで、今どきみたいのはよくわからないけど……」

「けど?」

「ミキは、大事なこと、全部わかってる子だ。だから、どうなったって大丈夫やよ。自分のしたいようにしたら一番やよ」

ミキは何も言わず、右手でばあちゃんの手を握った。
かさついているのに、湿った温もり。

ミキは、足でタオルケットを蹴り上げて、ばあちゃんの方に体を転がした。

ばあちゃんと目が合って、2人でムフフと笑い合った。



【次回予告】

秘密基地に停まる、青い自転車。
水を飲んだばかりなのに、少しだけ乾く口の中。
ババ抜きの指先に残るジョーカーの質感と、重なる視線。
カケルへの想いが、ミキの胸を熱く焦がし始める。