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【連載小説】夏の果実が未来を紡ぐ。——翠緑の循環【4】(全9話)

#創作大賞2026 #エンタメ原作部門


【第1話はこちら】


【前回のお話はこちら】


【登場人物】

主人公:ミキ     1997年9月6日生まれ
ミキの兄:ケンイチ  1992年生まれ
ミキの父:マコト   1964年生まれ
ミキの母:マヤ    1966年生まれ

ミキの祖母:ナツエ  1937年7月1日生まれ
ミキの祖父:コウイチロウ 1933年生まれ(享年58歳)

伯父(マヤの実兄):ソウタロウ  1963年生まれ
伯母:ヨシコ     1966年生まれ
従兄:リョウタ    1989年生まれ
従姉:アンズ     1994年生まれ
従姉:カナエ     1997年7月27日生まれ

カナエの同級生:サクラ、アキコ、カケル、トモヤ



3日目の朝は雨が上がり、晴れ間が真夏日を予感させていた。

ミキは、ばあちゃんと2人で庭に出て、キュウリを収穫した。キュウリの棘の鋭さを忘れていたミキは、しっかりとした実を発見して思わず掴み取り、大声で叫んでしまった。

麦わら帽子にタオルを垂らした装いのばあちゃんは、

「またやってまったんかえ」

と、嬉しそうに見つめていた。

キュウリを食べるときに警戒をしていたミキだったが、すでに棘が丸くなっていることにちょっとした感動を覚えていた。

キュッと奥歯で噛み締めると、ただ瑞々しい青さが弾けた。

「じゃあ、ミキ、ちゃんと勉強してね」

この日も、母のイエローグリーンが異質な存在感を放っていた。

「大丈夫。じゃあ、3日後、ソウタロウおじさんと帰るから」

「あ~、俺も居たかったなぁ」

靴を履きながら、ぼやくケンイチの背中を、ミキはポンと叩いた。

「では、お母さん、ありがとうございました。ミキをよろしくお願いします」

父が深々とお辞儀をした。

やがてミキは、ばあちゃんと一緒に道路まで出て、3人の車が遠ざかるのを見守る。少しの寂しさはあったが、今日カケルと会えるかもしれない高揚感が上回っていた。

次第に、日差しが強くなり、残っていた水たまりが強い光を放っていた。


午前中に課題を終わらせて、素麺をすすっていると、カナエが自転車でやって来た。カナエの家は、ここから自転車で10分くらいの距離だ。

「カナエちゃん!病院、大丈夫だった!?」

ミキは急いで縁側の窓を開け、片足を床に付けたまま上半身を出した。

「うん、大丈夫だって!今度は一年後!」

大声で返すカナエは、既に水浴びしたかのように、ヘルメットから垂れる髪の毛がびっしょり濡れて、箒のような形になっている。その下の頬は、日焼けを通しても分かるくらいに紅潮していた。

ミキは、勉強道具をしまってトイレに駆け込むと、バタンと力強くドアを閉めた。そしてすぐに飛び出して、泡を飛び散らせて手を洗った。

「ばあちゃん、行ってくるね!」

ミキは、アンズのおさがりのヘルメットを被って玄関から真っすぐ、自転車に飛び乗った。

「暑いもんで、無理せんと、ちゃんと水飲むんよ。車にも気を付けて行きゃあねぇ」

「うん、わかった!」

ミキは、ばあちゃんに渡された水筒を自転車かごに入れ、サドルにまたがった。

走りだすと、腕や膝の表面で滞留していた汗が冷えていくのがわかる。

路肩が途切れ途切れになって、土や植物と混在している。その凹凸を、タイヤが乗り越えていく感覚が全身を響かせる。

太ももの抵抗感が、一見平坦な道のわずかな起伏を拾う。

東京の地面とは、全く違う感触だ。

「カナエちゃんの家!?」

風にかき消されないように、ミキは喉を開いて、両顎が軋むくらいの大声を出した。

「ううん!いつもの秘密基地!!」

横に並ぶ、カナエも大声を出すが、ボリュームを下げたテレビのように、口だけがやけに大きく動いていた。

古い納屋の前までやって来ると、既に4台の自転車が停められていた。その脇に2人も自転車を寄せ、ヘルメットを外して水筒に口を付けた。呼吸を合わせたように、2人の首筋が何度もリズムよく動く。

「カケルも、もう来とるじゃん」

カナエが、ミキの左腕に肘を当てて、青いフレームの自転車を指した。

水を飲んだばかりなのに、ちょっとだけミキの口の中が乾く。


2人は、小走りで納屋の裏側に回る。積み上げられた木材に被せられたブルーシートを確認すると、生け垣の内側に茂る樹木の間に、体を滑り込ませた。

全方向から迫る葉っぱの匂い。

太陽と土が混ざった、おが屑のような湿気。

低木の細い枝が、肌のあちこちを引っ掻き、むず痒い。

「カナエ!」

「あ、カナエのいとこも来たじゃん!」

視界が開けると、1畳ちょっとのスペースから、女子たちの声が飛んできた。

ミキは、反射的に声の主ではなく、その後ろに視線を伸ばした。

手にトランプを持って立ち上がった男の子と目が合うと、ミキは素早くカナエの友達の方を向いた。

「今年も、よろしくお願いします。ミキです」

「うん、ミキちゃんやったねぇ。今日はお客さんがおるで、結構狭いけど、どうぞ!」

カナエに劣らず日焼けしたショートヘアの背の高い子が、ミキを促した。カナエの同級生のサクラだ。

薄いピンクのレジャーシートに、キャンプ用の小さな折り畳みテーブルだけのシンプルな空間。丁度木陰で、周りからも死角になっている。

無造作に置かれている、飛び縄、コミック、シールで派手にデコレーションされた手帳。

そこはカナエと、友達や、その姉妹たちが歴代使用してきた、1畳半の王国だった。

ミキたちは、一昨年までは、アンズとその友達と一緒に使わせてもらっていた。

お姉さんたちに混じってた時は、好きなアイドルやクラスの男子の話題をするアンズたちに、ちょっとした羨望を抱いていた。

「サクラ、ありがとうね。ミキちゃんは、今年は帰るの3日後やもんで、いっぱい遊ぼうね」

「ほら、カケルも、奥行ってよ」

もう一人の女の子アキコが、トランプを持ったカケルを奥へ追いやる。ボーイッシュな女優のような瞳の少年は、普段は男子禁制の空間で、慎ましく照れたようにして茂みぎりぎりに座った。

「じゃあトモヤ、もう一回やり直しやな」

と言って、カケルは、横でポータブルゲームをしていた、やんちゃそうな男の子にトランプの束を渡した。

しかし、

「東京の子は、<めちゃモテ>みたいやねぇ!」

「芸能人に会ったことある?」

「彼氏おる?」

「どんなプロフ帳もっとるの?」

と、しばらくはトランプそっちのけで、女子たちのインタビューが続いた。
ミキは照れ笑いで愛想よく答えながら、ものすごい速さで眼球を横にスライドさせ、斜め向かいのカケルの一挙一動を確認していた。

すぐに終わるゲームをいくつかやって、ババぬきの時には、カケルと最後の2人になった。

ミキが1枚。カケルが2枚。

ミキがゆっくりと右手を伸ばし、カケルの1枚に手をかける。

どちらかを選ぶフリをして、手元のカードを見つめるカケルの瞳に焦点を結ぶ。

ミキはその鼓動に耐えられず、親指に力を込めてカードを引き抜く。

「よし!」

と、カケルがガッツポーズをし、ミキも心の中で同じことをしていた。

今度はカケルがミキの2枚を見つめ、ミキはカードの隙間から、その目線を拾う。

「こっち!」

と、言ってカケルはダイヤの8を引いた。

(あっ!)

心の中でミキは叫んだ。

セミの声と、周りの笑い声が小さくなり、帽子を通した太陽の感触と、右手にのこったジョーカーの滑らかなプラスチックの質感だけが残る。

見直しが終わっていないのに、テスト終了の合図が来た時のことが頭をかすめる。

いや、テストとは別の決定的な、二度と取り戻せないような喪失感。

「さあ、今日は暑いもんで、うち行ってWiiやろ!」

勝敗が決するや否や、サクラがトランプを集めて、テーブルを折りたたみ始めた。

気のせいか、ミキには一瞬、サクラが真顔で片づけをしているように見えた。

「じゃあ、うちまで、自転車で競争な!」

サクラの号令で、消防署員のように、皆一斉に秘密基地を飛び出して、自転車に跨る。

ミキも、置いて行かれないように、必死に後についた。


「よし、俺の勝ち~!」

トモヤが勝ち誇っている間に、次々に自転車が砂利を敷いた駐車場に突入していった。

サクラの家も、ばあちゃんの家ほどではないけれど、東京育ちのミキには大きく感じられた。

ガラガラと玄関の引き戸を開けると、サクラのお母さんが出てきた。

「あらあらたくさんでおいでて。暑かったねぇ」

「こんにちは!」

皆、わしゃわしゃと靴を脱いで、賑やかに廊下に上がっていき、5足のシューズが、きちんと整列せずに口を開けていく。

途端に学校の靴箱のような匂いが充満する中、ミキは両手を膝の前で揃えて、ペコリとお辞儀をした。

「あら、お利口さんな友達ができたんやねぇ。さ、上がって、上がって」

と、サクラのお母さんが、階段の方に腕を拡げた。

ミキが階段を踏みしめるたび、他の子供たちが落としたものか、それともミキの足裏に前から貼り付いていたものか、砂利の小さな尖った感触が靴下から伝わってきた。

2階の子供部屋では、すでにテレビの電源が入れられて、ゲームが始まっていた。

ミキも勧められたが、

「私、あんまり得意じゃないから、見てるね」

と、後ろの方に下がり、気づかれないようにしてカケルの右斜め後ろの場所に陣取った。

カケルはサクラのぴったり横で、レースゲームに夢中だ。

ミキは、サクラのお母さんが持ってきてくれた、オレンジジュースを口に含む。不自然な甘みと強い香料が舌から喉に絡みつき、かえって喉の渇きを増幅される。

一口ずつ飲みながら、ミキの視界は、テレビ画面を見るふりをして、カケルの長いまつ毛をはっきりと捉えていた。

新しさの異なる傷がいくつも模様を成すカケルの脚が、あぐらをかいて折れ曲がっている。

ゲームの賑やかな音楽をよそに、ミキはカケルの泥の付いた靴下の裏に、小さな穴を見つけたが、それすら逞しさの象徴に思えた。

去年、お祭り会場で、高い枝に引っかかってしまったバルーンを、カケルが木に登って取ってくれた。その時も、ミキは筋肉が浮かび上がった傷だらけカケルの脚をじっと見守っていた。

ゲームをして、盛り上がって、笑って。

模擬試験が終わった後のような、友達との目的の無い時間。

ここでは、この喧噪が当たり前なのだ。

「じゃあ、そろそろ帰ろっか」

17時になると、カナエがみんなに声をかけた。


「じゃあ、また明日」

「お邪魔しました」

外はまだ明るく、暑さの余韻が自転車のハンドルから伝わってくる。

ミキは、反対方向に去っていく青い自転車の後ろ姿を見送った。

「バイバイ!」

ミキは、振り返ったカケルと一瞬目が合った気がして、胸の前で小さく手を振った。

「良かったね、ミキちゃん」

と、カナエがミキのヘルメットに、自分のヘルメットをコツンと当てた。

「今日はこのまま、ウチでお泊まりじゃん!そろそろ、ばあちゃんも、ママが連れてきとるよ」

カナエは、待ちきれないようにして、自転車を漕ぎだした。

ミキは、向かい風で顔の温度を冷ましながら、山の端を滲ませる光線に瞼を寄せる。

まだ青空が残っていたが、ひと足早くミキの目には夕暮れが映っていた。


「わあ、凄い!」

「お父さん、奮発したねえ!」

カナエの家では、出前の立派な寿司が並べられていて、ミキたちは顔を見合わせて、ムフフと笑った。

一昨日の様に、ソウタロウおじさんの発声で6つのグラスがカチンと重なった。

作務衣のソウタロウは、

「ミキちゃん一人増えただけなのに、賑やかやねぇ。男は俺しかおらんから、何だか肩身が狭いなぁ」

と、笑いながら、寿司にはあまり手を付けずに、次々に手酌でビールを空にしていった。

「ねえミキちゃん、東京ではずっと勉強なんでしょ?嫌にならない?」

と、皿の上に中トロを3貫確保したアンズが、さらにイクラに箸を伸ばしながら言った。

ちょっと考えたようにして、ミキは、

「まあ、ずっと勉強ってわけでもないし。でも、やっぱりテストは嫌い。そのあと、結果をママに見せるのはもっと嫌い」

と、泣き顔の真似をすると、皆がどっと笑った。

皆、予想よりはるかにたくさん食べたけれど、寿司桶の中にはまだ結構残っていて、ミキはこれを瞬間冷凍して、東京でも食べられたらいいのに、と思った。

お腹の皮膚が内側から引っ張られるようになって、ちょっと苦しかったけれど、アンズに続いて、ミキとカナエのペアの入浴タイムとなった。

ミキは、今日は粗相をしないように気を付けようと心に決めていたので、アンズがパジャマ姿になったことを確認してから、脱衣所に向かった。

服を脱ぐと、カナエが、

「あはは、ミキちゃん、赤ちゃんいるみたい!」

と、寿司で膨張した腹部を指して笑った。

「ヤダ、カナエちゃんもだよ」

タオルでお腹を隠して、ミキもカナエを指さす。

「あ、ホントだ」

2人は大笑いしながら、浴室に入った。

カナエの家の浴槽は、ジャグジー付きだ。2人とも、膨らんだお腹の皮膚にジェットを当てて、

「あー、寿司がブルブル震える~」

と、はしゃいで見せた。

その夜は客間で、ばあちゃんを真ん中にして、3人で寝た。

「ねえ、ばあちゃん、今日もお話!」

「なんの話がええかねぇ?」

「久しぶりに、象さんと、キツネの話がいい!」

と、カナエがタオルケットから右手を伸ばした。

「わかったよ。昔、象とキツネがおった」

2人は、心地よく聞き入った。

「象は長い鼻で、高い所から果物を取ったり、キツネは草むらでネズミを捕まえたりしとったとさ」

心地よい、声が響く。

「ある時、象は、どこからでも長い鼻で食べ物を集められることを自慢したんやね。キツネは悔しくなって、自分の鼻を伸ばそうと、ひもで鼻をくくって毎日引っ張ったんやわ」

「少し伸びた気がしたもんで、もっときつく縛って引っ張ると、キツネの鼻は取れて、元には戻らんかったとさ」

2人は、黙って拍手をした。

これは、カナエがクラスの男子に、女子は力が弱いと馬鹿にされて、泣いて帰ってきたときに、話してくれたものだ。

「得意なことは、人それぞれやねぇ」

「違うことを、恥ずかしがったらいかんよ」

「違うからこそ、助け合わんといかんねぇ」

どれも、おばあちゃんの教えだった。

2人は、少し幼い気持ちに戻って眠りについた。




【次回予告】

「少しだけ、登ってみん?」。
カケルが組んだ両手に、ミキは戸惑いながらも素足を乗せる。
木の上での2人きりの静寂。
しかし、急接近する恋の引力は思いもよらない形で少女たちの友情を切り裂き、ミキの心を黒い「衝動」へと駆り立てていく。