MVP ARCHIVE HISTORY | Iraq War 2003–2011 / イラク戦争 - 政府崩壊の先に長い闘いが始まった

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イラク戦争 - 政府崩壊の先に長い闘いが始まった
2003年3月20日、アメリカとイギリスを中心とする連合軍がイラクへの軍事作戦を開始、当時のイラクでは、Saddam Hussein 率いる Ba'ath Party 政権が長期にわたり国家を統治していた。
アメリカの George W. Bush政権 は、イラクが大量破壊兵器( Weapons of Mass Destruction:WMD )を保有していること、国連による武装解除要求に十分従っていないことなどを主要な根拠として軍事行動に踏み切った。
9.11同時多発テロから約1年半。アメリカが開始した War on Terror は、アフガニスタンからイラクへと広がった。
しかし、イラク戦争 が歴史に残した最大の問題は、Saddam Hussein政権 を倒したことだけではない、政権を倒した後、何が起きたのか。
9.11以前から続いていた対立
アメリカとイラクの対立は、9.11 から始まったものではない。
1990年、イラク軍がKuwaitへ侵攻すると、翌1991年、アメリカを中心とする多国籍軍が Gulf War でイラク軍をKuwaitから排除した。
戦後、国連安全保障理事会 はイラクに対し、大量破壊兵器計画の廃棄と国際査察への協力を要求した。
イラクは過去に化学兵器を実際に保有・使用しており、1990年代の国連査察では化学・生物兵器計画や核兵器開発計画も確認されていた。
そのため、問題は「 イラクが大量破壊兵器を開発したことがあるか 」ではなく、2003年の時点で、使用可能なWMDやその計画がどの程度残されているのか、ここが争点だった。
9.11後に変わった安全保障
2001年9月11日、アルカイダ による 同時多発テロ がアメリカを襲った。
Bush政権 はその後、テロ組織だけでなく、それらを支援する国家や大量破壊兵器の拡散も重大な安全保障上の脅威として位置づけた。
2002年、Bush大統領はイラク、イラン、北朝鮮を “ Axis of Evil ” と表現。
同年11月、国連安全保障理事会 はResolution 1441を採択し、イラクに武装解除義務を履行する最後の機会を与えた。
国連 による査察が再開される一方、軍事介入をめぐって国際社会は分裂したが、2003年3月20日、戦争が始まった。
政権は短期間で崩壊した
連合軍 は急速にイラク国内へ進攻し、4月9日にはBaghdadが陥落した。
長期間続いた Saddam Hussein政権 は、開戦からわずか数週間で事実上崩壊した。
5月1日、Bush大統領は空母 USS Abraham Lincoln 上で主要な戦闘作戦の終了を宣言、その背後には「 MISSION ACCOMPLISHED 」と書かれた横断幕が掲げられていた。
しかし、国家の政権を倒すことと、戦争を終わらせることは同じではなく、むしろイラク戦争の長い部分はここから始まる。
大量破壊兵器は発見されなかった
戦争後、イラク全土でWMDの大規模な捜索が行われたが、開戦前に想定されていたような大量破壊兵器の備蓄は発見されなかった。
後の調査では、情報機関による情報収集・分析・評価、そしてその情報が政策決定へ利用される過程に重大な問題があったことが明らかになった。
国家が戦争という巨大な決断をするとき、不確実な情報をどこまで行動の根拠としてよいのかという問題を世界に残した。
政権崩壊後に生まれた空白
Saddam Hussein政権 が消滅すると、イラクでは行政・治安機構が急速に混乱、占領統治を担当した Coalition Provisional Authority は、Ba'ath Party 関係者を政府機関から排除する De-Ba'athification を進め、さらにイラク軍を解体した。
多数の軍人や行政官が国家組織の外へ置かれた一方で、略奪、犯罪、武装攻撃が拡大、旧政権関係者、イスラム武装勢力、外国人戦闘員など異なる勢力が活動し、戦争は正規軍同士の戦闘から、爆発物、自爆攻撃、暗殺、都市戦闘が続く非対称戦争へ変化した。
AQI、そしてISISへ
その混乱の中で勢力を拡大した組織の一つが、Abu Musab al-Zarqawi率いる武装組織だった。
2004年、この組織は Osama bin Laden への忠誠を表明し、Al-Qaeda in Iraq( AQI )として知られるようになる。
AQI は米軍やイラク政府だけでなく、シーア派市民や宗教施設も攻撃した。宗派間の報復が拡大し、2006年前後のイラクは深刻な宗派対立へ陥った。
2007年以降、米軍増派やスンニ派部族による AQI への反発などによって暴力は減少するも AQI は消滅しなかった。
組織はその後 Islamic State of Iraq へ変化し、2011年に始まったSyria内戦へ活動領域を拡大する。
そして2014年、ISIS としてイラク第二の都市 Mosul を制圧した。
イラク戦争 後に残された混乱は、次の戦争と次の武装勢力へ接続していった。
2011年、米軍撤退
2008年、アメリカとイラクは米軍撤退について合意した。
2011年12月、Obama政権 下で米軍の主要部隊がイラクから撤退する。
約8年9か月に及んだ戦争は一つの区切りを迎えた。
Saddam Hussein政権 はなくなり、選挙による新しい政治制度が成立した。
しかし、戦争によって多数の民間人が死亡し、多くの人々が国内外へ避難した。社会インフラも大きな影響を受け、宗派・政治対立と武装勢力はその後も残った。
MVP ARCHIVE|Perspective
倒した、その翌日から
イラク戦争 では、世界有数の軍事力を持つ連合軍が、Saddam Hussein政権 を短期間で崩壊させた。
イラクでは、その空白の中から AQI が成長し、その系譜は後に ISIS へつながり、さらに、戦争を始める主要な根拠として提示されたWMD備蓄は発見されなかった。
不確実な情報を、国家はどこまで重大な決断の根拠としてよいのか。
何かを壊す力を持つことと、その後に生まれる世界をつくる力を持つことは、同じなのか。
2003年に始まった戦争は、その問いを残したまま2011年に一つの区切りを迎えたが、しかし歴史はそこで止まらなかった。
その先に現れたのが、ISISだった。

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