MVP ARCHIVE HISTORY | Russian Revolution / ロシア革命 - 帝政の崩壊、二つの革命、そしてソビエト連邦へ

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ロシア革命 - 帝政の崩壊、二つの革命、そしてソビエト連邦へ
Introduction
1917年、第一次世界大戦 の最中にあったロシアで、二つの革命が起きた。
二月革命によって300年以上続いたロマノフ朝が崩壊し、皇帝ニコライ2世が退位、皇帝に代わって成立した臨時政府と、労働者・兵士を基盤とするソヴィエトが並存するなか、戦争、土地、食料、そして「 誰が国家を統治するのか 」をめぐる対立が続いた。
同年10月、レーニン 率いるボリシェヴィキが臨時政府から権力を奪取、その後ロシアは内戦へ入り、1922年には ソビエト社会主義共和国連邦( USSR )が成立した。
帝政と1905年革命
20世紀初頭のロシア帝国では工業化が進む一方、多数の農民が存在し、都市では工場労働者が増加し、政治的自由は制限され、土地問題や労働環境などをめぐる社会的緊張も高まっていた。
1905年、サンクトペテルブルクで皇帝への請願を行おうとした労働者の行進に軍隊が発砲する「 血の日曜日事件 」が発生、トライキや反政府運動が各地へ広がった。
ニコライ2世は議会である国家ドゥーマの設置などを認めたが、皇帝は大きな権力を保持し、帝政は存続した。
World War I
1914年、第一次世界大戦 が始まり、ロシアは連合国側として参戦したが、多数の兵士が死傷し、軍需生産や輸送の混乱によって都市では食料・燃料不足と物価上昇が深刻化した。
1915年にはニコライ2世自身が軍の最高司令官となり、戦争の失敗は皇帝の政治的責任と直接結びつくようになっていった。
February Revolution
1917年3月8日、ロシア暦では2月23日、首都ペトログラードで食料不足などへの抗議とストライキが始まり、急速に拡大、政府は軍による鎮圧を試みたが、兵士の一部が命令に従わず、デモ側へ加わった。
3月15日、ニコライ2世が退位、1613年以来続いたロマノフ朝は終わった。
Provisional Government & Soviet
皇帝退位後、国家ドゥーマの議員を中心として臨時政府が成立、言論・集会の自由などが認められ、将来の憲法制定議会選挙も準備された。
しかし臨時政府は 第一次世界大戦 を継続し、農民が求めた土地問題の抜本的解決も先送りした。
一方、ペトログラードでは労働者と兵士による Petrograd Soviet が形成され、正式な統治権限を持つ臨時政府と、労働者・兵士に大きな影響力を持つソヴィエト、二つの政治的権力が並存する「二重権力」の状態が生まれた。
Lenin Returns
1917年4月、亡命していた ウラジーミル・レーニン が帰国し、戦争からの離脱、臨時政府への不支持、土地の再配分、そして、「 すべての権力をソヴィエトへ 」という方針を示した。
ボリシェヴィキは、「 Peace( 平和 )」「 Land( 土地 )」「 Bread( パン )」を掲げ、戦争と社会混乱が続くなか、ボリシェヴィキは次第に支持を拡大していった。
October Revolution
1917年11月7日、旧暦10月25日、ボリシェヴィキを中心とする勢力がペトログラードの主要施設を掌握し、臨時政府を制圧した。
新政府である人民委員会議が成立し、レーニン が議長となった。
二月革命によって生まれた政治体制は、約8か月で再び大きく変わったが、ボリシェヴィキが直ちにロシア全体から支持されたわけではない。
1917年11月の憲法制定議会選挙では社会革命党が最大勢力となり、ボリシェヴィキは第二党であったが、1918年1月に議会が開会すると、ボリシェヴィキ政権は翌日これを解散させた。
政治権力は議会制民主主義ではなく、ボリシェヴィキが主導する体制へ集中していった。
Russian Civil War
1918年、ロシアはドイツなどとブレスト=リトフスク条約を締結し、第一次世界大戦 から離脱、国内では、ボリシェヴィキ側の赤軍と反ボリシェヴィキ勢力を中心とする白軍などによる内戦が拡大、イギリス、フランス、日本、アメリカなども軍事介入を行った。
内戦、飢饉、感染症、経済混乱によって社会は大きな被害を受けたが、最終的に赤軍が主要な敵対勢力を破り、ボリシェヴィキ政権は支配を確立され、内戦中には主要産業の国有化や穀物徴発などを行う「 戦時共産主義 」が実施された。
経済が深刻に混乱すると、1921年には レーニンが New Economic Policy( NEP )を導入し、限定的な市場取引や民間経済活動を再び認めた。
Birth of the Soviet Union
1922年12月30日、ロシア、ウクライナ、ベラルーシ、ザカフカースの各ソビエト共和国によって、Union of Soviet Socialist Republics ソビエト社会主義共和国連邦( USSR )が成立した。
皇帝を頂点としたロシア帝国の跡地に、共産党を中心とする新しい連邦国家が誕生した。
ソ連はその後、第二次世界大戦 を経て世界有数の大国となり、アメリカを中心とする西側諸国との Cold War( 冷戦 )へ入っていく。
What We Know
1917年の二月革命によってニコライ2世が退位し、ロシア帝国の帝政は崩壊し、その後、臨時政府とソヴィエトによる二重権力が形成された。
臨時政府は 第一次世界大戦 を継続し、同年10月、ボリシェヴィキが臨時政府から権力を奪取し、革命後には大規模な内戦が発生し、ボリシェヴィキ政権が支配を確立した。
1922年、ソビエト社会主義共和国連邦が成立した。
ロシア革命 は、帝政崩壊後、「 誰が新しい国家を統治するのか 」をめぐる政治的競争と革命、内戦を経て、新たな国家体制が形成された歴史だった。

