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日本の裂き織りと、ラバイのひいひいお爺さんの話

header photo: Labay Eyong "Eluz Tminun" 2016 (detail)
(courtesy of the artist)

このnoteを始めたとき、自分が雑誌に寄稿したテキストに字数の関係で書けなかったこととか、もちょっと補完したい内容なんかを書ける場所がようやくできた✨✨と思い、馬祖ビエンナーレのリポートが公開された時には、意気揚々と上下編で番外編を書いた。

私は書いているうちにだいぶ字数オーバーしてしまう方で、〆切前数日はわりとずっと削り作業をやっている。テキストがだんだん簡潔に、高密度になっていく(そして高密度になりすぎたところをまた少し緩めたりする)のは楽しい。

もちろん、きちっと字数が決まっている時はちゃんと守って書くけれど、だいたいこのくらいでお願いします、とざっくり伝えてこられた場合、だいぶオーバーなまま出すこともある。そうすると、提出後たまに、やっぱり入らないので残念ですがここはズバッと削りましょう、と担当編集者さんに言われてしまうことになる。

今日は、そんな感じで、去年の春に『ハーパーズ・バザー・アート』に寄稿した「ラバイ・イヨンが織り出す『ダンブリーヘン』のアート」から、残念ながら削られてしまった部分を公開してみたい。(未読の方は、ちょっと長いけどこちら↓お読みいただければ嬉しいです)

当時提出した原稿の最後の方に、こう書いた。

インタビューの終盤、「『ダンブリーヘン』は日本にもあるでしょ。『サキオリ(裂き織り)』って知らない?」とラバイに訊かれて面食らった。九州出身の筆者には聞き慣れない言葉だったので調べてみると、江戸時代から、北日本~近畿にかけて古布を裂いて作られていた織物のことだった。ラバイは、2020年に国際芸術センター青森にレジデンス滞在した際、この裂き織りについてのリサーチと、謎に包まれた日本の高祖父についての作品制作を行なっている。ラバイの関心と行動は、自らの足元から果てしなく広がる。

岩切澪「ラバイ・イヨンが織り出す『ダンブリーヘン』のアート」未掲載部分

もう一度確認しておくと、「ダンブリーヘン」とは、タロコ族やセデック族の女性たちが、戦後台湾のアメリカ援助期に寄付されたセーターを解くなどしたリサイクルの材料を用いて、伝統的織物を織っていたことを指す。それと似たものが、日本にもあったというのが興味深い。現在の視点からは、できるだけモノを無駄にしない、素晴らしい先進的エコ意識でもある。どうも今でも実践されているようで、ここnoteでも裂き織りについて書いている人が随分いて、ハッシュタグで読んでいくととても楽しい。

そういえば私も一昨年の夏に、実家で家族が主宰したワークショップに参加して、裂いた古布を編んで布草履を作ったっけ。これもちょっと裂き織りに似ている。

クノイチ布草履。クノイチの絵柄は、鼻緒にしたてぬぐいの柄で、
ワークショップの先生が前もって作ってくれていたものから選んだ。

それから、未掲載部分の最後の方で触れた、ラバイの父方の高祖父は、日本人というところについて。ラバイはそのことで昔から、少なからずモヤモヤした気持ちを抱えていたようだ。そりゃそうだよね。だって、総督府による強制移住は、彼女たち多くの台湾原住民族の人々を今に至るまで苦しめているのだから。どんな事情があってこの方がタロコ族の女性と結婚したのかは分からないが、ラバイにとっては、ひそかにアイデンティティが引き裂かれるような思いがあったのではと想像する。

高祖父のことは、ほとんど記録に残っておらず、名前や出身地さえも分からないのだそうだ。青森でのレジデンスでは、ラバイは彼について考えながら、日台両方の素材を使って、インスタレーション作品を制作している。

この動画の最初の1分半ほど、ラバイが青森での展示について解説しているのでぜひ見てほしい。(字幕には「曽祖父」とあるけれど、ラバイは「我的曾曾祖父」と言っているので、「高祖父」のことですね)

最後の、「過去との和解」という言葉にどきっとする。聞いたところによると、このレジデンスを経て、ラバイの気持ちは随分と癒されたとのこと。よかったなと思いつつ、彼女がこの「和解」に辿り着くためには、作品《解縄(ときなわ)》の制作中、日本で見つけた漁業用の「縄を解き、そして日台のものを挟んで編み直す」行為が儀式的に作用したことのほかに、青森のスタッフの方々の全面的な協力と真摯な態度が伝わったのではないかと想像する。敬意を表したい。

ちなみにこのタイトルの「解」という動詞は、実際に縄を「解く」行為を指すだけではなく、「解殖」という言葉を思い起こさせる。解殖は、脱植民地化のうち、政治や経済面だけでなく、長期にわたる文化的、精神的影響を解くことを指し、ポストコロニアル意識が高まってきた台湾で、昨今よく聞く言葉だ。

このnoteの1回目にも書いたように、私はおそまきながらこの数年、植民の歴史、加害の歴史に向き合って、お互いに納得する「和解」を進める作業の必要性について考えるようになった。帝国主義が過去のものではないことが次々露呈されつつある今、世界のあちこちで「和解」への意志をもって生きることがますます大切になっている。

私が暮らす台湾の人たちも、恵まれた私のような人間には想像もできないほどの影響を植民の歴史から被り、未だ癒されない部分とともに生きていたりする。それを知るだけでも一歩となるし、そのために、現代アートは、知識を超え感覚レベルでの理解を促す、大切な役割を演じてくれているなと、私はそんなふうに思っている。

Labay Eyong "Eluz Tminun" 2016 (photo courtesy of Labay Eyong)

最後に、ヘッダーの作品について。これは、ラバイが2016年に30数名の織り手と一緒に制作して台鉄新城(タロコ)駅に設置したパブリックアート《織路(路を織る)》だ。この作品は、日本時代に強制的に山から平地へ移住させられ、困難の中で力強く生きてきたタロコ族の人々に捧げられている。

制作過程についてのこのビデオ↓も素晴らしい。(27分、中英字幕)「ダンブリーヘン」の実践も見ることができるし、この作品のために、多くの人々の思い出がつまった古着を、パートナーの映像作家トマソ・ムッツィの故郷イタリアからも集めた様子がうかがえる。こんなところにも、ラバイの愛と包摂がよく現れているなと思う。また、この制作期は、ラバイの最初の子がお腹にいた時期と重なっていて、身重であんな複雑で大きな作品を仕上げてしまうラバイのバイタリティには、ただただ感服させられる。

ちなみに上の去年の記事でも触れているラバイ・イヨンの「裹山(ドゥング・アサン)」プロジェクトの記録は、今、新北市美術館で行われている、「綿糸と石ころ」展でも、ニーナミ・スタジオ(ラバイとトマソのユニット)として出品されているようだ。早く行かないと…..🏃‍♀️🏃‍♀️🏃‍♀️

💎展覧会情報
綿糸と石ころ(棉線與石頭)Of Thread and Stone
会期:2026/2/07- 6/14
会場:新北市美術館


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