母が、私の知らないところで営業部長になっていた
深夜1時。
私はパソコンの前で、
見せびらかしについて
考えていました。
原因は、AIです。
いや。
正確には、母の手芸教室です。
私のぬり絵本が初めて
売れました。
猫、1冊。
ペンギン、2冊。
合計、3冊。
noteでぬり絵本を見て
くださった方が、
買ってくれたのです。
ぬり絵長者になるより、
うれしい。
私は、ぬり絵村役場の前に
紅白幕を張りました。
背中に金色の「塗」と
書かれた法被も
羽織っています。
3冊で長者にはなれません。
しかし、初売上記念式典を
開くには十分です。
そんな出来事の少し前。
私は実家で、猫本と
ペンギン本の校正刷りを
見せました。
判定は、はっきりしていました。
猫本は、暗くて陰気。
一方、どら焼きに立ち乗りして
空を飛ぶペンギンは絶賛。
ところが帰り際、母は言いました。
「これ、2冊とも貸して」
理由を聞くと、
「もうちょっと見たいから」
私は、猫本とペンギン本を
実家に置いて帰りました。
その後、3冊の売上がわかり、
私が初売上記念式典を
していたところで、
母から呼び出しを受けました。
「ぬり絵、返すから来て」
母は、猫本とペンギン本を
返しながら言いました。
「これ、手芸教室に持っていった」
母は手先が器用です。
手芸教室にも通っています。
私は聞きました。
「なんで持っていったの?」
母は言いました。
「見せびらかしたかったから」
清々しい。
動機に一切の迷いがありません。
私はAIに聞きました。
「これは、マーケティングなの?」
AIは、冷静に答えました。
「未桜さん、身近な
コミュニティで作品への
反応を確認する行為は、
簡易的なテストマーケティング
とも言えます」
母は、手芸教室の休憩時間に、
私のぬり絵本を出したそうです。
しかも、ただ見せたのでは
ありません。
「娘が意見を聞きたいって
言ってるから」
言っていません。
私は一度も言っていません。
そして、母は、頼んでいない
調査結果まで持ち帰ってきました。
「全員、ペンギンの方がいいって」
手芸教室でも、ペンギンは
圧勝です。
猫が雨上がりの路地で
佇んでいるあいだに、
ペンギンはどら焼きに
立ち乗りして営業へ
出掛けたようです。
母は、一通り見せびらかして
満足したそうです。
よかったですね。
そう思っていたら、話は
そこで終わりませんでした。
帰り際、教室の人に
声をかけられたそうです。
「これ、買えるの?」
その方は、お孫さんたちに
あげたい。
小さいお孫さん2人には、
ペンギン。
中学生のお孫さんには、
猫。
注文数。
猫、1冊。
ペンギン、2冊。
合計、3冊。
noteを見てくださった方が
買ってくれた3冊と、
まったく同じ組み合わせです。
母は戸惑ったそうです。
「そんなつもりで持って
いったわけじゃないから。
義理で買わなくていいよ」
母は、売りに行ったつもりは
ありません。
ただ、娘の本を教室へ
持っていき、娘が意見を
聞きたがっているという
架空の話をして、休憩中に
全員へ見せただけです。
営業です。
しかし、母の中では
営業ではありません。
見せびらかしです。
見せびらかしと営業の
境目は、思ったより細い。
その方は、本当に欲しいと
言ってくださったそうです。
ただ、買い方がわからない。
だから、母に注文した。
完全に、母が販売窓口に
なっています。
私は自分で売り込みを
していません。
棚ぼたです。
実家で暗くて陰気と
言われた猫本は、
中学生枠を獲得しました。
ペンギンは、小さい
お孫さん枠を2つ獲得。
相変わらず強い。
私はAIに聞きました。
「ぬり絵長者への道、
どうなってるの?」
AIは答えました。
「未桜さん、身近な人の
口コミから販売機会が
生まれることは珍しく
ありません。
実際に欲しいと言って
くれた方がいた事実を
大切にするとよいでしょう」
でも、私が知りたいのは、
そこではありません。
なぜ母は、娘が意見を
求めているという設定を
勝手に作ったのか。
なぜ猫1冊とペンギン2冊が、
2回もそろったのか。
そして、母はいつから
営業部長になったのか。
AIは答えてくれません。
でも、その瞬間。
私はまた一つ、
精神的無敵の人になりました。
ぬり絵村には、
私の知らないうちに、
手芸教室ルートが
できていました。
無敵だ。
最強だ。
私は、紅白幕の横に、
小さな看板を出しました。
「ぬり絵村 手芸教室臨時販売所」
営業時間は、母が
見せびらかしたくなったとき。
支店長は、母。
支店長は、まだ自分が
支店長だと知りません。
