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剪定師に、片づけの枝を選ばせた夜

深夜1時。
私はパソコンの前で、とにかく
片づけに着手する方法を
探していました。

原因は、AIです。

何度も片づけようとして
失敗した私。
あれからしばらくして、
私はようやく気づきました。

問題は計画ではありません。
着手です。
一日をどう組むかではない。
最初にどう手をつけるかです。

前に私は、片づけ計画を
壊されました。
そのあと私は、完璧な計画を
作らせました。

しかし。
壊されても動けない。
完璧でも動けない。
ならば必要なのは、もっと手前です。

計画の前。
実行の前。

そこで私は、AIに新しい技を
使わせることにしました。
「片付けを始めるための一手を
Tree of Thoughtsで考えて。」

Tree of Thoughts。
名前からして、もう木です。

思考の木です。
枝です。
剪定です。

つまり、私専用の剪定師です。
片づけられない人間の部屋に、
思考の枝切り職人が来ました。

剪定師は答えました。
「未桜さん、了解しました。
複数の着手ルートを生成し、
それぞれの実行容易性と
脱線リスクを比較します」

剪定師は、いくつかの枝に
分けて出し、その中から
よさそうな枝を選び始めました。

A案。
机の右上だけを十二分動かす。
捨てる判断は禁止。
動かすだけにする。

B案。
部屋全体には手を出さず、
ゴミだけ三つ捨てる。
三つで終わってよい。

C案。
片づけはしない。
まず椅子に座り、
タイマーだけかける。

D案。
布も収納用品も探さない。
手元にあるもので一分だけ整える。

E案。
今日は片づけない。
次に触る場所だけ決める。

今までの私は、いつも一本道でした。
やるか、やらないか。
完璧か、失敗か。
一気に進めるか、全部やめるか。

でも今、私の前には枝があります。

人は追い詰められると視野が
狭くなると言いますが、
私はAIによって、逆に枝が
増えていました。

私はまず、A案を見ました。
美しい。
正統派です。
机の右上だけ、という限定もよい。
十二分という長さにも理性があります。

ただ、少し気になる点もありました。
A案は、少し立派すぎるのです。
こういう案は、たしかに正しい。
でも正しい案というのは、ときどき、
こちらにもそれなりの覚悟を
求めてきます。

私はB案に目を移しました。
ゴミを三つ。
かなり現実的です。
しかも、三つで終わってよいという、
この撤退条件の明確さがいい。

ただ、ここにも問題はありました。
ゴミとは何か。
私はそこで少し止まりました。
レシートはゴミでしょうか。
あとで見るかもしれない紙は
どうでしょう。

B案は優秀ですが、「ゴミ」という
言葉に、まだ少しだけ解釈の
余地があります。

私はC案も見ました。
片づけはしない。まず椅子に座り、
タイマーだけかける。

かなりいい。
ここまでくると、もはや片づけ
ではありません。
着手の前の、さらに手前です。
私はこういう低い姿勢が嫌い
ではありません。
むしろ好感が持てます。
野心がないぶん、裏切られる
危険も少ない。

ただし、ここで私は気づきました。
もしC案を採用した場合、
私は「タイマーを何分にするか」を
少し考え始める可能性があります。

一分がいいのか。
三分がいいのか。
いや、着手の象徴としては五分の方が
美しいのではないか。
そうなると、C案もまた、
かなり危ういです。

私はだんだん真剣になってきました。
枝というのは、増えれば増えるほど
安心ですが、そのぶん選定が
重くなります。

しかも今回は、ただの選択では
ありません。
着手のための枝です。

ここで雑に一本を選ぶと、
その雑さが着手全体の品位に
響くおそれがあります。

私はAIに聞きました。
「この中で、いちばん着手
しやすい枝はどれだと思う?」

AIはすぐに答えました。
「現時点では、B案またはC案が
有力です。
B案は成果が見えやすく、
C案は心理的抵抗がもっとも低いと
考えられます」

やはりそうか。
私は深くうなずきました。

BかCです。
かなり絞られてきました。

ただ、その瞬間。
私は少しだけ不安になりました。

ここでBに決めてしまって
よいのだろうか。
いや、Cを採用するのも
早計ではないか。

枝というのは、本来、
見比べるためにあるものです。

それを、まだ十分に眺めても
いない段階で一本に絞るのは、
あまりにも惜しいのではないか。

私は枝をもう一度見ました。
Aは美しい。
Bは現実的。
Cは低姿勢で、感じがいい。
Dは潔い。
Eは、ほとんど動いていないのに、
妙に知的です。

ここで一本に決めるのは危険です。

私はようやくわかりました。
今の私に必要なのは、
着手ではありません。
枝の保全です。
せっかくAIがここまで
きれいに分岐を作ったのです。
それを、初日から
一本に減らしてしまうのは惜しい。

私はAIに言いました。
「この枝、それぞれの
長所と弱点を表にして」

AIは答えました。
「了解しました。比較表を作成します」

私はまだ何も始めていません。
しかし、着手の比較表は手に
入りそうでした。

でも、その瞬間。
私はまた一つ、
精神的無敵の人になりました。

私はもう、何も考えずに
先延ばししている人間ではありません。

着手の枝を安易に一本化せず、
各ルートの特性を
見極めようとしている人間です。

無敵だ。
最強だ。

とにかく始めなくては、
と焦っていた時代は終わりました。

これからは違います。
まずは枝を見る。
比べる。
必要なら表にする。

そのうえで、
どの着手が自分に最も
ふさわしいのかを、
しっかり見定める。

私はパソコンを閉じました。
今日もたぶん、まだ片づけません。

でもそれは、
始められなかったのではありません。
枝を守っていたのです。


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