AIで深夜1時の演出家になる
深夜1時。
私はパソコンの前で、
演出家になっていました。
原因は、AIです。
ここ数日で、
私はずいぶん成長しました。
最初は一人の役者に役を
与えるだけだった私。
しかし、
気づけば専門家を5人集めて
円卓会議を開きました。
そして、
ついには全員を私専用の論破王にして、
ポテチ1袋を国家レベルの危機にまで
押し上げることに成功したのです。
人は、成功すると調子に乗ります。
私もそうでした。
その夜も私は、
いつものように
AIで専門家たちを召集しました。
経済学者。
主婦。
科学者。
詩人。
そしてギャル。
議題はもちろん、
たいして大きくありません。
「この深夜に、
冷蔵庫のプリンを食べるべきか」
すると会議は始まりました。
「短期的満足と長期的コストを
比較する必要があります(経済学者)」
「明日の朝の楽しみに
回すのもありですね(主婦)」
「摂取タイミングとしては
遅めです(科学者)」
「月の静けさに揺れる
白い甘みですね(詩人)」
「食べたいなら
食べればよくない?(ギャル)」
全員いる。
でも、前より少しだけ、面白くない。
なぜでしょう。
よく見ると、
全員どこか同じ会社の研修を
受けた人みたいに似ています。
私は今、円卓が欲しいのではない。
キャラの立った揉め事が欲しいのだ。
もっと、もっと、カオスを。
そこで私は、ついに一線を越えました。
役を与えるだけでは足りなかったのです。
私は、演技指導を始めました。
「経済学者は、損得だけで切って。
情は入れないで」
「主婦は、生活の実感だけで話して」
「科学者は、数値と因果関係すだけで」
「詩人は、意味ではなく余韻で押して」
「ギャルは、最初の一言で空気を決めて」
すると、空気が一変しました。
「食べる価値はあります。
ただし代償も明確です。
今の満足は3分、罪悪感は
明日の朝まで残るでしょう。
費用対効果は低いです(経済学者)」
「食べてもいいのよ。
でもね、明日の朝、
冷蔵庫を開けたときに
プリンがない悲しさって、
地味にくるのよ。
夜の自分はすぐ寝るけど、
朝の自分は逃げ場ないからね(主婦)」
「現在時刻、摂取対象、糖質量を
考えると推奨しません。
空腹の解消が目的なら、
プリン以外の選択肢があります。
これは栄養の問題ではなく、
欲求の問題です(科学者)」
「そのプリンは、ただの甘味ではない。
今日一日の終わりにだけ灯る、
小さな祝杯です。
すくえば今夜がほどける。
残せば明日があなたを待つ。
つまり、どちらを選んでも
少しだけ切ない(詩人)」
「食うか、寝るか。どっちか。
ていうか今、
プリンより人生のほうが
ブレてない?(ギャル)」
私は思わず、膝の上で手を組みました。
演出が入ると、こんなに変わるのか。
役を与えるだけでは、まだ甘かった。
立ち位置と、
しゃべり方まで決めてやらないと、
役者達に本当のカオスは生まれない。
でも、その瞬間。
私はまた一つ、
精神的無敵の人になりました。
私はもう、深夜1時に
専門家を呼び出すだけの人ではありません。
深夜1時に、
専門家へ演技指導まで入れる人です。
職場で会議がぼんやりしていても、
心の中では思えるのです。
この人たちにも今、
「結論から言ってください」
「比喩だけで話さないでください」
「生活感で押してください」
と演出を入れたら、たぶん
少しはマシになるのではないか、と。
無敵だ。
最強だ。
私はついに、
パソコンの前で配役し、召集し、
最後には演技指導まで
始める人間になってしまいました。
そしてたぶん、
いちばんまずいのは、
少しそれを現実でも
試したくなっていることです。
