翻訳は(そしてあらゆる仕事は)世界とつながっている
旅人が建設現場をとおりかかり、レンガを積んでいる3人の職人をみかけて、『なにをしているのか?』と尋ねた。
会社の研修でもよく使われるエピソードだ。
(お聞きになったことはありますか?)
いろいろとバリエーションがあるけれど、基本的には次のようにつづく。
1人目は「見たらわかるだろう。レンガを積んでいるだけだ」
2人目は「生活のために、レンガ積みの仕事をしている」
3人目は「歴史に残る大聖堂をつくっている」
翻訳をしていると、この「レンガを積む」という作業を連想するときがある。
前後の文章とのバランスや全体としてのまとまりにも気を配りながら、単語を一つずつ地道に訳していく。
料金設定も1文字あたり○円、ということが多くて、まさに一つずつ積みあげていくイメージ。
こうして文章に向き合って作業をしていると、ちっぽけなことをしている感覚とか、孤独を感じがちだ。
ところで、翻訳したあとの成果物が最終的にどんな形になったかをマメに教えてくれる取引先(翻訳会社)がある。
本や雑誌、ちょっとした印刷物の形になったものがあれば送ってくれたり。
ほかにも、形として手元に残るものでなくても、翻訳した文章がウェブサイトで公開されたとか、クライアントがこんなふうに喜んでいたと教えてくれたり。
それだけでも、またがんばろうという気になってしまう。
(私は単純な性格だ)
「一つずつこなす」という作業や、「生活のために」という労働。
でもその先に、業界や世界といった、よりおおきなものとつながっている仕事だと感じる機会があればさらにうれしい。
翻訳だと、時間や空間の枠をこえて他者とつながっていると感じられるのが醍醐味だけれど、ほかの仕事でもそんな瞬間があるだろう。
そんなことをたまに思いだしながら、今日もレンガをすこしずつ積みあげていく。
(ちなみにこの記事ではちょうど800文字を積みあげました。)
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