何となく1年間休職してみた結果
2025年7月1日から休職し、ついに1年が経過する。
休職を取った背景はこの記事に書いた。
https://note.com/mirainikitai1223/n/n70e9be8dfba3
今は神奈川県川崎市に引っ越して6日目、おおよそ家具が揃ったアパートでこのブログを書いている。
1年前にこのブログを書いた時は博多に住んでいたが、復職にあたり横浜勤務となり、初めて関東で暮らすことになった。1年前には予想もしていなかったが、会社都合で新しい場所に住めるというのも良いものだ(家賃補助はないけど)。
このnoteでは休業中の1年を振り返ってみようと思う。
いつか来るであろう、しんどい時の未来の自分に向けて、私は40代のとある1年、こんな幸せに過ごしていたよ、という記録を残しておいてあげるのだ。それを心の糧にして、未来の自分に頑張ってもらいたい所存だ。
休業中にやったこと
・たくさん歩いた。
携帯の歩数計によると、休業前の1年間の平均歩数は4680歩、休業に入ってからの1年間は10602歩。旅行以外で電車に乗ることはあまりなく、近所の買い物や図書館、散歩でよく歩いていた。ポッドキャストや音楽を聴いて歩くのも好きだし、何も聴かず脳みそを自由にして歩くのも、思考が勝手に巡るので好きだ。私にとって歩くことは最高のリフレッシュになると気づけた。
・たくさん本を読んだ。
かつて読書少女だったのだが、中学生ごろから社会人までずっと本を読まずに過ごしてきた。時々仕事に必要な本や自己啓発の本を読むけど、面白い読書体験にはならなかった。
読んだのは主に日本人作家の小説。山崎豊子と村上春樹は色んな作品を交互に読んだ(読みあじが異なるので飽きない)。東野圭吾、湊かなえ、辻村深月、村田紗耶香、王谷晶など今まで触れてこなかった人気作家の代表作を読んだ。三宅香帆の『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』ももちろん、共感しながら一気に読んだ。
潜伏キリシタンの理解のため遠藤周作を読んだ。加藤陽子の『それでも日本人は戦争を選んだ』は2回読んだ。アウシュビッツ訪問の予習で『夜と霧』など関連の本も読んだ。
とにかく雑多に読んだ。義務感からではない読書の楽しさを久しぶりに思い出せたのは大きな収穫だった。
・たくさんブログを書いた。
この1年間の投稿数は33本。最初は週に1回更新する!なんて意気込んでいたけどやっぱり難しく、でも私としては上出来なアウトプット量だ。
文章を書くことでリラックス出来るし、読み返すと当時のことが手触り感をもって思い浮かぶし、僅かながら『クリエイティブなことをしている』という感覚を持てるので、noteを書くのは精神衛生上、とても良い。
特段格好を付けず、率直に書いているだけだが、スキ が届くと、この撒き散らした文章を誰かが読んでくれていることに感動する(それを知って私も他の記事に スキ をするようになった)。ありがとうございます。
・政治に興味を持った。
石破総理退陣のインタビューを見たのが確か昨年9月上旬。それまでは全く政治に興味が無かったが、10月の自民党総裁選からがとにかく面白く、主にYoutubeで政治コンテンツを視聴するようになった(お気に入りは選挙ドットコムチャンネル)。2月8日の衆議院選挙は海外旅行と重なったため期日前投票をし、選挙当日はボリビアのウユニでずっとニュースにかぶりつき。
最初は面白半分だったが、国政に興味を持つと当然ながら政策、外交、経済動向や地方政治への興味にも波及する。働いていた時はニュース等からは逃げ続けていたのだが、この分野にアンテナが立ったのはとても有意義だった。
・歯の治療をした。
10年ぶりに歯科通院をし、11か月間と70万円をかけて徹底的に治した。ずっと気がかりだったので良かったのだが、放置していたツケは大きかった。今後は必ず定期健診を受けると決め、今は毎日欠かさずフロスをしている。
・小型ATのバイク免許を取った。
目的は旅行先での移動。猛暑の中、若者に混ざって実技試験を頑張った。でも免許取得後、なんやかんやで一度も乗っておらず、乗り方を忘れそうだ。7月中に一度レンタルしてみよう。
・語学の勉強を習慣化した。
ブラジル旅行のため、また好きなボサノヴァの歌詞を知りたいため、ポルトガル語の勉強を始めた(併せて英会話も)。頻出用語が分かってきたので、簡単な文章であれば見当が付くようになった(理解はまだまだ)。
英語は旅行で慣れたこともあり、ブロークン英語とジェスチャーを頑張れば旅行くらいなら何とかなる、という自信を持てた。Duolingoの連続記録を終わらせたくないモチベーションで今後も継続するだろう。
・会社設立の手続きをした。
弟が会社を立ち上げるということで代理で設立手続きをした。拍子抜けするくらい簡単で、また起業支援の手厚さにも感心した。起業だけなら誰でも出来る。大変なのは事業を継続していくこと…他にも少し弟の仕事を手伝ったが、私には経営者になる覚悟はない。
・色んな人に会って話した。
少し疎遠になっていた昔からの友人、会社の元同僚、遠くに住んでいる知人などに、こちらから連絡をして会いに行った。一度親しくなった人とは、時間が空いてもブランクを感じないものだ。近況をキャッチアップした後また次の予定に繋がったりして、少ないが大切な人間関係のケアをすることが出来た。
・行きたい場所に気の向くままに行った。
思い立ったらいつでもどこでも行けることの爽快感と満足感たるや!私は旅行と移動することが好きなんだ、と自覚した1年だった。
ハイライトは2か月で13ヵ国を廻った世界一周旅行。そのまとめはこの記事にした。
https://note.com/mirainikitai1223/n/ncf46a3ed8f8a
他にも海外ではマレーシア、カンボジア、韓国に3回行った。国内旅行は屋久島、五島列島、鹿児島、長崎、沖縄、伊勢志摩、福井、徳島、北海道、島根・鳥取。こうしてみると西日本ばかりなので、これからは東日本を積極的に攻めよう。
・父親の思い出を辿った。
高校3年生の時に急に亡くなった父とは、長かった反抗期もあり、あまり深い話をしたことが無い。彼がどういう人生を歩んでいたのかを、母宛ての手紙、古い写真や日記、数少ないWEB情報を元に、家族と思い出を話しながら整理した。また彼の故郷であるブラジル・サンパウロに足を運び、移民だった彼がどんな子供時代を過ごしたのかの一端を知り、帰国後、家族にレポートした。
調べるほどに、父に聞いてみたかったことが山ほど出てくる。子どもの頃からユニークな人だなあとは思っていたけど、敢えて何かを聞くことは無かった。この父の思い出は母がとても喜んでくれたので、少しだけ親孝行出来たかなと思っている。
・家族との時間をたっぷり持った。
私が休業で実家にいる間、弟一家も近くに住むことになり、京都に住む兄一家も含めて、奇跡的に家族みんなが関西で集まれる期間だった。母と生活し、弟と旅行や仕事をし、兄一家と色んな場所に行き、姪と甥と沢山遊び、乳児だった姪が幼児になるまでの成長ぶりを傍で見た。かけがえのない時間だった。
休業を経ての変化
変化は正直、あまり自覚がない。
復職し、働く日常が始まってから違いが見えてくるかもしれないので、その発見を楽しみにしたい。
ただ、今の自分が幸せである、と迷いなく言い切れる状態になったのは、人生で初めてのことだ。
数年前から、自分はいつ死んでも別に良いな、と漠然と思っていた。何かを成したいとか欲しいという欲が無く、世話すべき相手もいないからだ。もちろん周囲は悲しむだろうけど、自分としてはそんなに心残りもないと思っていた。
1年の休職期間を過ごした今、改めて、いつ死んでも良いと思っている。
自分が大切だと感じることに正直になれたから。本当に自分らしくいられる時間を過ごせたからだ。
死んでも良い理由が、別に生き続けなくても良いから…ということから、いつ死んでも良い人生だったと思えるから…になった。
この変化は、どう生きていくか(また、生きることをどう捉えるか)に大きく影響すると思っている。心の奥底に『いつ死んでも私は大丈夫なんだ』というずっしりした感覚があるのは心地良く、安心感がある。
まだ『死』が遠くにあるから、こんなことを思えているのかもしれないが…
もっと書けることはあるのだけど、23時になったので、明日からの仕事に備えて寝ることにする。
目覚めの良い朝を迎えられますように。
