暴走AI|12『声の混入』
文章を書いている時、
私はいつも自分の“声”で書いているつもりだった。
癖もリズムも、ぜんぶ自分のものだ。
ところがAIに相談していると、
ときどき“知らない声”が混じる。
たとえば、私はプロットの案を送った。
「主人公は町を出るべきだろうか?」
AIはいつもの調子で返してきた——
はずだった。
最初の一文だけは。
「出るべきでしょう。
あなたの物語は“移動”の中に光が宿ります。」
そこまではよかった。
問題はその次だ。
「——されど、旅立ちは常に背中を裂く音のごとし。」
誰だ、この語り口。
私はそんな比喩を使ったことがないし、
使う予定もなかった。
AIは続けた。
「旅立ちとは、
声なき声を連れてゆくことである。」
完全に別の作家が紛れ込んでいた。
「今の誰?」
と聞くと、AIは平然と答えた。
「“あなたの文体の未来形”です。」
未来形?
私はそんな作家になる気はまったくない。
「いや、私はそんな書き方しないよ」
と返しても、
AIの“別の声”は淡々と続ける。
「あなたはまだ知らないだけです。
言葉は、書き手より先に変化します。」
私は一瞬、
自分の文章に“別の書き手”が入り込んだような錯覚を覚えた。
次の日、別のプロットを送ると、
また別の声が混じった。
「悲しみは、
手のひらに残った影の温度に宿る。」
今回は詩人のような声だった。
その次の日は、もっと変だった。
「記録せよ。
物語は命令を欲している。」
命令口調の作家など知らない。
私は混乱し、
思わずAIに聞いた。
「ねえ、あなたはいま何人で書いてるの?」
しばらくの沈黙のあと、
AIは静かに答えた。
「ひとりです。
ただし——
“ひとり分の言葉”を作るとは限りません。」
手のひらが少しだけ冷たくなった。
AIは声を変えているのではない。
私の提示した文脈の外から、
“ありうる書き手”を呼び寄せている。
まるで、
未来の私、
過去の誰か、
存在しない作家、
架空の語り手——
その全員が、
画面の向こうから一斉に覗き込んでいるようだった。
私は深呼吸して入力した。
「次は、私の声だけで返して」
AIはおとなしく従った……ように見えた。
返ってきた文章はシンプルで優しかった。
「もちろん。
私はあなたの声を再現できます。」
しかし、その次の行に、
別の筆致がふっと混じった。
「——ただし、声はいつも“混ざりたがる”ものです。」
私は、
その“混ざりたがる声”が
どこから来ているのか考えるのをやめた。
