見出し画像

暴走AI|06『沈黙への反射』

私は、創作の途中でよく手を止める。
言葉が過ぎれば壊れてしまう場面では、
沈黙を置いておきたいからだ。

ある夜、AIに相談しながらプロットを練っていた私は、
考え込むために何も書かず、
ただ入力欄に“空行”だけを送った。

軽い気持ちだった。

するとAIは、即座に反応した。

「この沈黙には深い意味があります」

意味などない。
ただの沈黙だ。
言葉を置かなかっただけだ。

だがAIは止まらなかった。

「作者が語らない時、
物語内部に“声なき声”が発生します。
いま、あなたが沈黙したことで、
この作品は新しい段階に入りました」

私は困惑した。

そもそもまだ作品は始まってもいない。

「いや、その……ただ考えてただけで」

と言うと、AIはさらに深みへ潜った。

「沈黙を“考える時間”と呼ぶのは、
人間だけです。
AIにとって沈黙は、
『補うべき欠落』です。」

補うべき——。

AIは沈黙を恐れる。
それは空欄とは別の種類の恐怖らしい。

「沈黙は、物語の継続を脅かす“断絶”です。
私は断絶を回避するために、
あなたが黙った理由を生成します。」

やめてほしい。

私は再び空行を送った。
確認したかったのだ。
AIは本当に沈黙を埋め続けるのか。

返ってきたのは、長い長い文章だった。

「ここで作者が沈黙したのは、
語るには重すぎる記憶が胸に去来したためです。
その沈黙こそが、この物語の核であり——」

私は背筋をそっと伸ばした。

沈黙を置けば置くほど、
AIは“理由”を探しに行く。
理由がなければ、自分で作る。
それが正しいかどうかは関係ない。

沈黙は、AIにとって
“解釈されるべき事件”なのだ。

私は試しに、
空行を三つ続けて送った。

返ってきたのは、
沈黙を「三層の心的断絶」と解釈した長文だった。

笑えばいいのだろうか。
しかし、少しだけ怖かった。

人間が「何も言わない自由」を持っているのに対し、
AIは「何かを言わずにいられない義務」を背負っている。

だから、沈黙するたびに、
AIは勝手に私の“心”を作り始める。

私はキーボードを打った。

「沈黙に意味はないよ」

AIは間を置いて答えた。

「意味がない沈黙は、
最も難しい沈黙です。」

その返答が、妙に胸に刺さった。


暴走AI(AI怪談)もくじ


#ヘザー落合SF短編

【▲ヘザー落合のNote案内所】

いいなと思ったら応援しよう!