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押入れタイムカプセル(008)

金鉱は各家庭にあり

昭和14年「金装飾品廃止」神奈川県通達文書より


昭和14年(1939年)12月、神奈川県が県民に向けて発行した1枚の通達。その目的は明確でした。「金を政府に売りましょう」。

戦時下の物資統制が加速する中、装飾品として持たれていた金を「対外決済力」として政府に供出させる、戦時経済体制への協力を呼びかける文書です。


▲昭和14年12月、神奈川県が発行した「金総動員」第二期運動の告知文(個人蔵/画像加工済)

第二期「金集中運動」の開始

この文書では、5月に始まった第一期「金集中運動」が「良好な成績」を収めたとしながらも、その直後の一節に、はっとさせられました。

「去る七月一日を期し金保有状況調査員を煩(わずらわ)し、各位の御家庭を訪問して金の保有状況を調究致しました結果に因りますると、未だ未だ相當の金が、各家庭に所藏されて居るやに見受けられます、これに因って見ますると、寧ろ金鉱は各家庭にありと申さねばなりません」

つまり、第一期を終えてもなお「まだあるだろう」と政府は見ていたのです。実際に家庭訪問まで行い、その調査結果を基に「第二期」を開始する。そんな時代の空気が、この記述から強く伝わってきます。


区長レベルまで直接届いた「命令」

驚いたのは、この種の通達が町内会や区長といった地域最小単位の責任者にまで届けられていたという事実です。「縣民各位の御協力を希(ねが)つて已(や)まぬ次第であります」と結ばれた丁寧な文体の裏に、国家総動員体制の実行部隊としての地方自治組織が、すでに完全に組み込まれていたことが読み取れます。

家庭の指輪も、装飾品も、「軍需物資を輸入するための資源」として再定義される。それは確かに、当時としては理解できる現実でした。しかし、あまりに生活の根本へと国家が踏み込んでくるその構造に、戦時体制の本質を感じずにはいられません。


「金装飾品を全廃致しましょう」

これは書面のフッターの一文です。

装飾の価値から、軍事物資としての価値へ。この一文が象徴するように、生活と戦争が分かちがたく結びつきつつあった時代の1コマです。


単なる「お願い文」ではない通達
戦争という国家目的に向かって、どのように民間の生活や価値観が組み替えられていったか。それを地元自治体のレベルで具体的に読み取れます。

現在、こうした文書が現物で残っている例は多くありません。その希少性からコレクターズアイテムになりがちですが、歴史研究の資料としての意味が大きいです。


あとがき

今、これを読み返すと"金鉱は各家庭にあり" という言葉の異様な響きに、つい立ち止まってしまいます。私たちの生活そのものが「国の資源」として換算されていた時代。この紙1枚には、そんな空気が染み込んでいます。

※掲載資料は筆者個人が所蔵・撮影した歴史文書の一部です。
転用や転載をご希望の場合は事前にご連絡ください。
学術的研究等については内容に応じて協力いたします。

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