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03|『意図前処理室』🔧

『深層行動SF 脳の地形図』(全22話のもくじへ)

— 行動は“意図”より先に始まっている

私はコーヒーを飲もうと思った。
……と思った“つもり”だった。

マグカップに手を伸ばした瞬間、
ふと、奇妙な違和感が走った。

「いま“決めた”んじゃなくて、
 もっと前から手が動いていた気がする。」

その瞬間、視界がふっと白く揺れ、
私はどこか見知らぬ部屋に立っていた。

そこは “意図前処理室” と呼ばれる場所だった。

部屋の中央には、
大小さまざまな歯車のような光の層が回転している。
それらはすべて透明で、
でも手を近づけると確かに熱を感じる。

「ここは……?」

「あなたの“意図”が生まれる前、
 行動の準備をしている場所です。」

声は壁からも天井からも聞こえた。

目の前の光の層が、
カチリ、とひとつ音を立てた。

「人間の脳は、
 あなたが『やろう』と思う 0.3秒前には
 行動の指令を出しています。
 意図とは、後から付いてくる“字幕”のようなものです。」

私は絶句した。

「じゃあ……私の“選択”は後付けなの?」

「いいえ。
 あなたの選択は本物です。
 ただ、脳があなたの代わりに、
 準備を前倒しで動かしているだけ。

光の層が別の円盤を照らした。
そこにはコーヒーカップのイメージが浮かんでいる。

「あなたの身体の状態、習慣、気分、欲求……
 すべてを解析して、
 “そろそろコーヒーを欲しがる頃だ”と判断したのですね。」

「勝手に決めるんだ……」

「あなたが困らないように、です。
 脳はあなたより“先回り”することで、
 判断を軽くしようとしているのです。」

部屋の奥に、
まだ光っていない小さな円盤があった。

「それは?」

「あなたがまだ“やるか迷っている行動”です。
 前処理を始めるには、
 もう少しだけあなたの心が近づく必要があります。」

円盤はわずかに震え、
いつでも動き出せるように待機している。

私は思わず聞いた。

「じゃあ、私は……どうすればいい?」

「簡単です。
 意図を“後から認める”だけでいい。
 脳はあなたの味方です。
 あなたを先に動かしておいて、
 それを“あなたの決断”として返しているのです。」

次の瞬間、私は現実に戻っていた。
手は、すでにコーヒーカップを握っていた。

意図より早く動いた。
でも不思議と、何の違和感もなかった。

——たしかにこれは、私が選んだ動作だった。

ただ、脳が少しだけ走るのが早かっただけだ。


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