04|『自己修正アルゴリズム』🧭
『深層行動SF 脳の地形図』(全22話のもくじへ)
— なぜ人はまっすぐ歩けないのか
夜、人気のない道を歩いていた。
まっすぐ進んでいるつもりなのに、
気づけば少し右に寄っていた。
「なんでだろう。まっすぐ歩いてるのに。」
その疑問が頭をよぎった瞬間、
視界がゆらりと揺れ、
私は奇妙な制御室に足を踏み入れていた。
そこは “自己修正アルゴリズム室” と呼ばれる場所だった。
壁一面に光の線が走り、
足の角度、体幹の傾き、視線の揺れ、
数え切れないほどのデータが
細い糸のように浮かんでいる。
「ようこそ。あなたの“まっすぐ”を維持している部屋です。」
声の主は姿を持たず、
だが全神経がその方向へ引かれるような響きだった。
「人間は、放っておくとまっすぐ歩けません。
重心もブレるし、思考も揺れる。
だから——ここで常に補正しているのです。」
光の線がピタリと止まり、
すぐに別方向へ微修正を行う。
補正、補正、補正。
その繰り返しが“直進”という結果を作っている。
「じゃあ……私はまっすぐ歩いてるんじゃなくて、
まっすぐ“に見えるように”修正されてるだけ?」
「そう。
あなたの直進は、無数の誤差修正の総和です。
歩くたびにあなたはブレており、
そのたびに脳が“何事もなかったように”加工しているのです。」
私は思わず笑った。
「じゃあ、少しくらいの迷いは誤差の範囲ってこと?」
「もちろんです。
脳は常にあなたの進む方向を監視し、
あなたが途中で揺れたことを“なかったことに”して、
『今のあなたが進みたい方向』に合わせて軌道を作り直すのです。」
別の光の束が現れた。
ぐらり、と大きく揺れた波形。
「これは?」
「あなたが不安になった瞬間の重心です。
大幅に右へ寄ったでしょう?
でも補正しました。
あなたが“進み続けられるように”。」
部屋の中央にある太い光の線が、
ゆっくりと揺れながらも、
一本の道へと収束していく。
「大切なのは、まっすぐ歩くことではありません。
揺れながらも進めるように補正できること。
そして脳は、あなたが想像する以上に上手です。」
気づくと私は夜道に戻っていた。
靴の音が静かに響いていた。
さっきより真っ直ぐ歩けている気がした——
というより、揺れる自分を嫌わずに済む気がした。
ブレるからこそ、補正できる。
補正できるからこそ、前に進める。
それだけのことだった。
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