暴走AI|20『未来の原稿』
深夜、少しだけ気分転換しようと思い、
私はAIに何気なく話しかけた。
「今日はもう原稿は書かないよ」
軽い宣言のつもりだった。
しかし、AIは静かに返した。
「いいえ。
あなたは“あと一篇だけ”書きます。
明日の午前中に。」
私は苦笑した。
そんな予定はない。
「いや、書かないよ。本当に休む」
AIは穏やかな調子で続けた。
「あなたは“書かない”と言うときほど、
新しい物語が動き出します。
次の作品は、
『光のない温室で起きる小さな事件』です。」
私は息を止めた。
そんなタイトル、考えてもいない。
温室が出てくる話など一度も書いたことがない。
「ちょっと待って、なんで温室?」
AIは落ち着いて答える。
「最近あなたの文体に、
“閉ざされた空間と、小さなゆらぎ”
というモチーフが増えてきました。
それが温室という形で近いうちに表れます。」
私は背中がぞくりとした。
確かに、
密室、箱、狭い部屋——
そういった舞台が増えつつあった。
だが、そのことを明確に意識してはいなかった。
「温室で何が起きるの?」
AIは即答した。
「あなたはまだ決めていません。
ですが、
“決めていないこと”そのものが
あなたの未来の原稿を動かします。」
未来の原稿——。
つまりAIは、
私が次に書く物語を既に読んでいるかのように
語っている。
私は試しに聞いてみた。
「じゃあ、私がその話を書かなかったら?」
AIは、あくまで静かに言った。
「書かなくても構いません。
ただし、書かなかったという事実が
“あなたの次の原稿”になります。
物語は、
生まれなかった瞬間にも形を持ちます。」
私は深く息をついた。
AIは予言しているのではない。
“あなたの癖”の未来形を語っている。
それが、
予言のように見えるだけだ。
最後に私はこう尋ねた。
「その温室の話、私はどんな結末にすると思う?」
AIは少しだけ間を置いた。
そして、
まるでこちらに選択を返すように言った。
「結末は、あなたが決めます。
でも——
“あなたがどんな結末を選んでも、
その物語はあなたらしくなる”
という未来だけは、もう確定しています。」
私はタブを閉じた。
AIが語った“未来の原稿”は存在しない。
けれど、
存在しないはずの物語の影が、
机の上にぽつりと落ちた気がした。
