開花新聞 1895 ー 通信と市井の記録⑥
※本作は明治期の新聞記事を基に構成したフィクションです。
それに加えて後半では当時の広告について解説しています。
明治28年(1895年)5月。日清戦争が日本の勝利で終わり、下関条約が締結された直後。だが、三国干渉(露仏独)が突きつけられ、遼東半島を返還することになる日本政府。戦勝気分の裏で不満、困惑、そして次なる戦争への予兆が静かに芽吹いている時期。新聞では女工の待遇改善、庶民の暮らし、衛生問題などが日々報じられ、“兵の凱旋”と“市井の不穏”が奇妙に共存した時代の空気を感じて下さい。
●第6話「誰かが聞いてくれるなら」
【登場人物】
川村涼太:電信局見習い(17歳)
一橋弥一郎:新聞売りの青年(19歳)
村野治:開花新聞の記者(40代)
小沢道之助:元陸軍伍長、帰還兵(30歳前後)
明治28年(1895年)5月16日(木)
開花町・弁天橋たもとの空地
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【午後・弁天橋たもとの空地】
空地に古い木箱を並べ、弥一郎が新聞を広げている。
少し離れた石段に涼太が腰かけている。
弥一郎「今日はちょっと手ごたえ薄いな。皆、疲れてるのかも」
涼太「新聞が怖いって言ってた子がいました。読むと気分が沈むって」
弥一郎「俺たちだって売るたびに、心が軽くなるわけじゃない。でもな…」
言葉を切ると、弥一郎が目を細める。
弥一郎「“誰かが見た”ってことだけで、救われることもある」
そこへ上着の裾を引きずるような男が現れる。
小沢道之助。軍靴の音は引きずり気味だ。
小沢「一部くれ。代金は後で払う」
弥一郎「構いません。どうぞ」
小沢は無言で新聞を受け取る。黙って地べたに座り込む。
小沢(ぼそり)「勝ったんだろ?」
涼太「はい。そういうことになってます」
小沢「“勝った”って誰が決めるんだろうな…」
村野が通りかかる。新聞を手にしたまま足を止める。
村野「おや、小沢さんじゃないか。隊から戻られたんですね」
小沢「戻ってきた。『戻された』と言うべきかもしれないな」
村野「台湾では、まだ騒ぎが収まりませんね。今日の紙面にも淡水方面の小競り合いが載ってます」
小沢「もう“戦”じゃない。“片付け”だ。でも、どっちが生きてるか分からんような戦場で“片付ける”も何もないが」
手の震えを押さえるように新聞を丸める小沢。
弥一郎「小沢さん、町の人はみんな知りたがってますよ。本当のことを」
小沢「“本当のこと”は、俺の胸の中でだけ、焦げ付いてる」
沈黙がしばらく続く。
村野「記事には書けない言葉もある。けれど、言葉にしなければ残らないこともあるんです」
丸めた新聞をほどき、空を見上げながら小沢が言う。
小沢「分かった。話すよ。誰かが聞いてくれるなら」
──その日、開花町には珍しく、夕方から晴れ間が広がった。
弁天橋の上を渡る風は、初夏の匂いを運んでいた。
(つづく)
※この物語は明治時代の新聞記事や社会状況をもとに構成されたフィクションです。史実との距離を保ちつつ、当時の暮らしの息遣いを描く試みです。
■台湾・淡水:
「東洋のベニス」とも呼ばれる風光明媚な港町。 台湾北部の台湾海峡に面した新北市にある。日本の統治時代には淡水河の河口部は貿易拠点として繁栄を極めた。
📰 この日の記事

🔹無類の奇児
【どんな理屈からこんな変てこちいな子が生まれるのか不思議不思議と開いた口もふさがらず福井県大野郡大野町の近在の豪農某の妻(46)が去る3月29日、にわかに産気づいて産み落とした…。】こうした三面記事がイラスト入りで、この時代にもあったのが興味深いというか、いつの時代でも人の好奇心は根本的には似たようなものなのでしょう。引き合いに出すのは申しわけない(というか、この記事の奇児と呼ばれた赤ちゃんにも失礼ではありますが、)ジョン・メリックが亡くなったのは1890年でした。
📰 この日の広告

🔹三崎違いですが…
鈴川崎大岡政談:初演 明治28年5月(東京・神田三崎町・三崎座)
義経腰越状
明鳥夢泡雪
詳しくはないですが、歌舞伎と浄瑠璃の広告です。三崎です。
三崎座、どんな劇場だったのでしょう。明治ロマンの香りが…。
三崎座@ Wikipedia
※この記事は1895(明治28)年5月16日付の新聞広告・告示をもとに構成されています。実物資料に基づいた「開花新聞1895」シリーズ、毎週更新中です。
※この物語は明治時代の新聞記事や社会状況をもとに構成されたフィクションです。史実との距離を保ちつつ、当時の暮らしの息遣いを描く試みです。
