押入れタイムカプセル (013)
リサイクル紙の封筒で届いた縣からの通達
ここで紹介するのは神奈川県から昭和19年4月に出された「糸配給統制」に関する通達文書です。
最初の画像にありますが、目を引くのはこの「封筒」です。
これは完全に「リサイクル紙」で作られた、というより“何かの台帳の紙をそのまま折って宛名書きした”だけのものです。

印刷された表の罫線も日付欄も、すべて転用元のまま。
そこへ強引に「神奈川縣」「三浦郡三崎町」などと筆書きで宛名が記され、さらに1銭切手が6枚もベタ貼りされているこの異様さ。
まるで古紙回収日に拾った紙を封書にして通知を出したようです。
◆ 「紙は兵器だ!」からの「紙は資源だ」
昭和19年といえば、戦況の悪化が民間生活を直撃しはじめた時期です。「贅沢は敵だ」などのスローガンと共に、衣食住全てにわたる統制と節約が常識化されていました。それは紙についても例外ではありません。前に紹介した「紙は兵器だ!」という戦時スローガンにもあったように、紙資源は武器製造にも欠かせない“戦略物資”だったのです。
この通達が送られた1944年4月という時期、すでに日本全国で新聞や雑誌の用紙すら削減されていた中、行政もまた「新品の封筒など贅沢だ」とされたのでしょう。このように台帳や統計表の紙を“裏返して再利用する”のではなく、“そのまま使ってしまう”大胆な手法は、むしろ清々しいです。
◆ 通達の内容も、じつはけっこう切実

文書は「糸配給統制規則施行に関する件」と題されており、家庭や工場で使われる綿糸やス〇フ糸の配給期限延長について記されています。
具体的には、電力不足や貨車転用による輸送難などが理由で、すでに配布された割当糸の「受渡期限」や「票の使用期限」が延長されることが伝えられています。いわば「仕方ないので期限をのばします」といった通達ですが、そこからも戦時下のインフラや物流の逼迫ぶりが読み取れます。
そもそもこの「ス〇フ糸」とは何か。「ステープル・ファイバー」の略です。中央の〇は「省略表現です」と伝える意味を持つ記号としてだったようですが、敵性語である英語由来のカタカナが使われているのは意外です。
◉ なぜ「ス〇フ糸」は訳されなかったのか?
1. 日本語訳が定着しなかった
スフは「短繊維」「短繊維再生糸」などと訳し得ますが、それでは業界内での即時理解に不利。
技術的に新しかった再生繊維は、その製法や種類が複雑で、統一した日本語名称にしにくかったのです。「再生繊維綿様短繊維」といった表記もあり得、それでは当時の現場の人でも混乱したはずです。
2. 業界用語・専門語としての「カタカナ語」使用は黙認
戦時中でも「技術語・医療語・繊維語」などは、英語由来でもカタカナ語が使われ続けた事例が多々あります。
たとえば「レーヨン」「ナイロン」「フィラメント」なども、訳語より実務上の利便性が優先された領域でした。
3. 「敵性語」規制の実態はややバラつきがあった
一般には「英語=敵性語」として排斥された印象が強いのですが、実務や産業の世界では部分的に英語を温存していたのが実情です。
特に「繊維・機械・医薬」などの分野では、カタカナ語が業務用語として残りやすかった。
4. そもそも「スフ」は和製略語として定着していた
「ステープル・ファイバー」というフル綴りを誰も使っておらず、「スフ」で通じる状況がすでにあった。
したがって、もはや「外来語」というよりは「日本の繊維業界用語」として自立していたと見るべきかもしれません。
◆ 時代は前後しますが…
ここで少し時間を巻き戻してみましょう。
「紙は兵器だ!」というキャッチコピーが躍る広告が週報に刷られたのは昭和14年。今回のリサイクル封筒は、その5年後の昭和19年。
時代は前後しますが、当時の「物資は戦力である」という認識は年々強まっており、紙であれ糸であれ、全てが“戦いの道具”と化していたのです。
それを後の世の私たちが、こうしてネットで振り返ることができるようになったのは、平和な時代に戻れた証でもあるとも言えるでしょう。この平和を永続させるためにも、こうした振り返りは大事だと個人的には思います。
