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100年後の脚注09

『名前を失った俳優』

The Actor Whose Name Disappeared

帝国劇場の古い廊下。

壁には歴代俳優の肖像画が並んでいる。

1926年の一枚。

赤い衣装を着た若い俳優の油彩画。


しかし奇妙なことがある。


額の下にあるはずの名前のプレート。
そこだけが空白だった。


調べてみる。

帝国劇場の記録。
新聞記事。
舞台写真。


この俳優は確かに存在する。
何度も舞台に立っている。
観客の記録にも残っている。


だが、名前だけがどこにもない。


やがてある研究者が言う。


この俳優は役しか演じなかったのではないか。


ハムレット。
マクベス。
ロミオ。


すべての舞台で彼は完全に役そのものになった。


観客は俳優ではなく人物を見ていた。


だから役は残った。
だが俳優の名前は消えた。


舞台とは、誰かが誰かになる場所。


もしかすると彼は、
あまりにも完璧に演じすぎたのかもしれない。


自分自身を残さないほどに。


だから今も帝国劇場の廊下には
名前のない俳優が静かに立っているのかもしれない。


第10話『名前を失った俳優』

100年後の脚注 もくじ


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