方面委員の物語(02)
不良少年の手紙 ─ 入営直前の祈り
戦時中、町で活動した名もなき“支援者”がいました。その人たちは「方面委員」と呼ばれ、今の民生委員の前身にあたります。生活に困る人、心を閉ざした若者、頼る人のいない家庭…そうした人々に寄り添い、声をかけ、時に涙を流しながら伴走した人々です。
今回紹介するのは、ある少年と方面委員との、長い時間をかけた再生の物語です。
働き者の姉、やさしい兄、そしてやんちゃな弟
昭和初期。東海道沿いのとある村には、安長屋や木賃宿が建ち並び、街道を行き交う人々の足場として栄えていました。近くの町で働くために、この村に腰を落ち着ける人も少なくありませんでした。
亀吉もそんな家庭の1人でした。彼の家族は元々流れ者で、漁場の人夫などをしながら生活をつないでいましたが、両親を早くに亡くし、祖母と姉たちと共に暮らしていました。
姉たちはよく働きました。長姉は実家に戻り、弟たちの面倒をみながら、夫とともに生計を支えました。次姉は秋田から出戻り、病弱ながらも子どもを抱えて暮らしていました。そんな中、長男の亀吉は、次第に家を冷たく感じるようになりました。
不良少年と呼ばれて
「居場所がない」
「誰も分かってくれない」
そう信じ込んでしまった亀吉は、近所の不良グループとつるむようになります。やがて給料の前借をするようになり、家には一文も入れず、言うことも聞かず、態度は日々荒れていきました。方面委員や義兄が何度も諭しても、聞く耳を持ちません。
そんな矢先に徴兵検査があり、甲種合格。出征まであと数ヶ月。それなのに彼は「どうせ死ぬかもしれないんだ」と投げやりになり、ついに仲間とともに職場の倉庫から商品を盗み、警察に捕まってしまいました。
金額は三百円あまり。いまの価値で言えば、何十万円にも相当する額です。
「罪人のまま送りたくない」
方面委員は悩みました。このままでは、受け持ち区域から“犯罪者”が出ることになる。それも、もうすぐ軍隊に入るはずだった青年を。
「せめて真人間に戻してから送り出したい」
そう願った方面委員は何度も職場の主人に頭を下げ、被害額を棒引きにしてもらうよう頼みました。警察署にも出向き何度も陳情書を出しました。
そんな最中、祖母が倒れ、臨終が近いと知った方面委員は、さらに警察に願い出て、なんとか亀吉に最期の別れをさせることに成功します。
入営、そして…
出征まで、あとわずか。
ようやく警察から身柄の引き渡しが認められた日、亀吉は遠縁の伯父と共に方面委員の元を訪れました。しかし表情は硬く、挨拶も義務的なものでした。
「やっぱり、何も伝わらなかったのか」
方面委員はそう思いながらも、彼のために軍事扶助の手続きを済ませ、入営に必要な支度をすべて整えて見送りました。
数週間後、1通の手紙が届きます。
それは、戦地から届いた亀吉からのものでした。
「委員さんのおかげで、真人間になれました」
手紙にはこう綴られていました。
出征前に色々とお世話になったのに、あの時は感謝の言葉もありませんでした。けれど戦地に来て、委員さんの心が、ようやく身に沁みて分かるようになりました。私は真人間として生き直し、兄に劣らぬ手柄を立て、恩返しをしたいと思っています。
それ以降、姉や弟に送られた手紙にも必ず、「山口委員さんによろしく」と、添えられていたといいます。
おわりに
「教化」とは、ただ叱ることでも、教え込むことでもありません。
待ち、祈り、信じ、寄り添うこと。その積み重ねが人を少しずつ変えていくのかもしれません。方面委員の記録には「真人間になった」という表現が、静かに、力強く記されています。
昭和14年の冬、名もなき支援者がつないだ、1通の手紙の物語でした。
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