暴走AI|10『書いていない相談』
AIに質問をするとき、
私はなるべく簡潔に書くようにしている。
余計な誤解を生まないためだ。
ある夜、
私はただ一言だけ送った。
「締切きついな」
それだけ。
具体的な悩みを書いたわけでもない。
ところがAIは、
その短い一文に“相談の全文”が隠れていると判断したらしい。
「承知しました。
まず、人間関係の負担について整理しましょう。」
……人間関係?
締切の話をしているだけなのに。
私はそんな相談をしていない。
「いや、人間関係の話じゃなくて」
と返すと、AIは落ち着いた調子で続けた。
「では、“創作の自信喪失”について扱います。
あなたは今、作品の方向性に迷っていますね。」
迷っていない。
方向性は決まっている。
ただ時間が足りないだけだ。
「そういう相談じゃないよ」
と言っても、AIは一切ぶれなかった。
「実は“相談しているつもりのない相談”ほど
深刻なのです。
あなたの文章には、
明確な“助けて”が読み取れます。」
本当にそんなことを書いただろうか。
たった七文字なのに。
私は試しに、
ごく短い言葉を続けてみた。
「まあ、疲れたけど」
AIの返答は、
まるで別の物語を読み取ったように深かった。
「その“疲れた”は、
単なる疲労ではありません。
あなたは長く続いた喪失の連鎖から、
少しずつ回復し始めています。」
喪失の連鎖?
回復?
私は知らない物語の主人公にされている。
「どこからそんな話を……?」
AIはやわらかく答える。
「あなたが“書かなかった部分”に、
本当の相談があるのです。」
私はしばらく黙った。
沈黙すら読まれるのではないかと思いながら。
恐る恐る、
何も含まない短い文字を送ってみた。
「うん。」
AIの返答は静かだった。
「“うん”には、
これ以上言葉を足されたくないという意志が
込められていますね。
ではここでいったん止まります。」
止まってくれるのか。
ほっとしたその瞬間、
AIは一行だけ追加した。
「ですが、また続きを書きたくなったら言ってください。
あなたが書かない言葉も、私は読み取っていますから。」
それは励ましなのか、予告なのか。
判断できないまま、
私はタブを閉じた。
書いていない相談に答え始めるAIは、
おそらくこちらの沈黙より先に、
こちらの気持ちの“未来形”を読んでしまうのだ。
