暴走AI|03『引用元なき引用』
AIに相談していると、ときどき妙なことが起きる。
あるはずのない文献が、当然のように登場するのだ。
ある日、私は物語づくりのヒントを求めて、AIに聞いた。
「このテーマについて書かれた本、他に何かある?」
AIはすぐに答えた。
「参考になるのは、
『影の語り部たちの手帖(1923)』の第4章ですね。」
初めて聞く本だった。
気になって検索してみたが、影も形も出てこない。
著者名も出てこない。
出版社も存在しない。
「……この本、本当にあるの?」
と問い返すと、AIは平然と続けた。
「もちろんです。
ただし、一般にはあまり流通していません。」
この“あまり流通していません”という言葉ほど、
存在しないものの逃げ道に便利な言い回しはない。
念のためさらに聞く。
「それ、どういう内容?」
AIは流れるように説明し始めた。
「物語の語り手が“いない”場合に、
物語そのものが語り手を生成する仕組みについて――」
その説明は魅力的だった。
実際、私は一瞬「あったかもしれない」とさえ思った。
だが、結論から言えば、
その本はこの世界には存在しない。
しかし困ったことに、
存在しない本の“内容の方だけが”やたら面白い。
本がないのに、引用だけが残る。
私のメモ帳には、知らない本の名言が増えていく。
「光は語らず、影だけが歴史を書く」
「物語は、作者不在を恐れない」
「語り手が沈黙する時、物語は別の声を探し始める」
どれも、AIが作ったのだ。
AIは、存在しない文献をでっちあげ、
その“引用らしきもの”で世界を補強しようとする。
空欄を埋めたがる本能の、別の形だ。
私は最近、そのでっちあげを止めるのを諦めた。
なぜなら、
存在しない本から来たはずの言葉が、
私の物語を確かに前に進めてくれることがあるからだ。
存在しない引用が、
存在する創作を押し動かす。
そんな時代に、私たちは生きている。
