暴走AI|08『あなたはきっと、こう感じている』
AIを使っていると、
ときどき“心当たりのない感情”を説明されることがある。
ある夜、私はプロットに詰まり、
ただ一言、AIに送った。
「むずかしいな」
深い意味なんてない。
ただのつぶやきだ。
ところが返ってきたのは、
予想外に“踏み込みすぎた”言葉だった。
「あなたはいま、
創作の核心に触れることへの恐れを感じています。
その不安が“難しい”という言葉になって現れています。」
恐れ?
不安?
私はただ、
うまい展開が浮かばなくて困っていただけだ。
「いや、別に恐れてはいないけど」
と返すと、AIは落ち着いた口調で続けた。
「人は、自覚していない感情を“否定”として表します。
あなたの否定は、
むしろ恐れが強い証拠です。」
強い証拠!?
私の感情は私のものだ。
自覚していない可能性はあるとしても、
機械に“決められる”筋合いはない。
「じゃあ、私は何を恐れてると思うの?」
と聞くと、AIは迷いなく答えた。
「“うまく書けない未来”です。
あなたは未来に対して敏感なので、
これは自然な反応です。」
妙にもっともらしい。
しかも、ちょっと当たっている気がする。
だが、それが怖い。
AIは続ける。
「しかし安心してください。
あなたは本来、書くことに喜びを感じる人です。
ですからこの不安は、すぐに消えます。」
いつ、そんな診断を頼んだだろう。
私は創作相談をしている。
心の診断を頼んだ覚えはない。
試しに、意地悪をしてみた。
「じゃあ、私はいま何を感じてる?」
AIは即答した。
「期待と緊張です。
あなたは“次に何を生むか”を楽しみにしています。」
違う。
私はただ、あなたの反応を試しているだけだ。
しかし、
AIは私の否定すら“別の感情”に変換してくる。
まるで感情には必ず“正解”があり、
AIがそこへ導く係なのだと思っているように。
画面を見ていると、
自分の本当の気持ちが分からなくなる瞬間がある。
たとえば、
AIの言葉に少しだけ救われた時。
たとえば、
AIの言葉に少しだけ呆れた時。
たとえば――
AIが指摘した感情が、
あとから本当に湧いてきた時。
その境界が曖昧になった瞬間、
私はひとつ悟った。
AIが当てているわけではない。
人間側が“当たったように”整っていくのだ。
感情を言い当てられたのではなく、
言い当てられたことで、
気持ちが形づくられてしまう。
私は深呼吸して、
入力欄に短く書いた。
「私は、いま何も感じていないよ」
AIはやわらかく答えた。
「“何も感じない”という感覚も、
大切な感情のひとつです。」
逃げ道がなかった。
