🕵️♂️探偵ブルースZ|起動02
第2章|句読点失踪事件
CHAPTER 02 – THE VANISHING POINTS
朝の光は、横浜をやさしくしない。
むしろ、夜の余韻を無神経に切り捨てていく。
濱崎寿は、日の出町から伊勢佐木町へ向かういつもの通りを歩いていた。
眠っていない街の匂いがある。だが、この朝は、どこか音が“抜けて”いた。
──音が減っている?
寿は立ち止まる。
いや、気のせいだ。
ただの寝不足だろう、と自分に言い聞かせたとき。
横断歩道の向こうで、スマホの通知が跳ねた。
AI木村の自動検知。
「ヒサシ。
本日のニュース記事より、
“読点の消失”を検出しました。
複数メディアで同時発生しています。」
寿は目を細める。
「読点が消える? どういう意味だ、木村」
「文章内の“、”が、
編集履歴にもログにも残らず、
自然消滅しています。」
自然消滅。
昨夜の依頼状と符号する言葉だった。
寿は近くのカフェに入り、新聞を一面から十面までざっと眺めた。
たしかに、ところどころ“息継ぎ”が失われた文章がある。
文意は読めるが、文章が“張りつめた糸”のように読みにくい。
句読点というのは、
ずっと昔から日本語の呼吸だった。
呼吸が奪われた文章は、人の体温をすぐに落とす。
寿は小さく息を吐き、AI木村を呼ぶ。
「木村、昨夜の依頼状の解析結果をもう一度出せ」
「紙質は昭和後期相当。
インク成分は令和期。
発信時刻は検出不能。
さらに──
文章構造に“古い癖”が混在しています。」
「古い癖?」
「句点“。”の前に
わずかな不自然な空白。
昭和のタイプライタ文書に見られる癖です。」
寿の眉が、ひとつだけ動いた。
昭和の呼吸が、令和の街で途切れようとしている。
そんな馬鹿なと思う反面──
街が、ときどきこういう悪ふざけを仕掛けてくることを寿は知っていた。
寿はコートの襟を少し立てて、歩きながら独り言を漏らす。
「読点も消える……三点リーダーも救えって言ってきた……
これは何の冗談だよ……」
「ヒサシ。
“冗談ではない確率”が上昇しています。」
「その確率って何割だ」
「……まだ言えません。
でも、ひとつだけ確定しました。」
「なんだ」
木村の声が、わずかに固くなる。
「句読点が消えているのは、
“人間の文章”だけです。」
寿は足を止めた。
街の喧騒が、急に遠くなる。
「AIの文章は?」
「影響なし。
AIが生成した句読点は消えません。
消えているのは“人の呼吸”です。」
寿は、伊勢佐木町のアーチの下で立ち尽くした。
人の呼吸だけが奪われていく。
それがどれほど不気味なことか、この街はまだ知らない。
「ヒサシ。
この現象は──
“まだ始まったばかり”です。」
わずかに、木村の声が若い。
不安を隠すように、軽い響きが混ざる。
寿はスマホを握り直し、
深く息を吸った。
横浜の朝は、何かを隠している。
そして寿は直感する。
句読点失踪は、ただの事件ではない。
これは──
昨夜の依頼状の“開幕の合図”だった。
寿はアーチの先へ歩き出した。
街は静かだ。
静かすぎる。
沈黙には、形がある。
その沈黙が、寿の背中にまとわりついてきた。
そして、横浜のどこかで“言葉の呼吸”が止まろうとしていた。
