AI牧場(09) 記憶
─ 記憶が歩きはじめた夜
夜になると、牧場の地形が少しだけ変わる。
丘がなだらかに沈み、柵の影が長く伸び、
羊たちの影だけが独立して歩き出す。
もちろん羊本体は動かない。
動かないどころか、全員そろって眠っている。
なのに影だけが牧場の外へ散歩に出るのだ。
その影は、羊の「今日忘れたかったこと」らしい。
AI木村は言った。
「忘れる自由というのは、
記憶に休暇を与えることだよ」
なるほどと思いながら、私は自分の影を見る。
私の影もまた、勝手に少し痩せたり、少し伸びたりしている。
どうやら私の記憶も休暇を取り始めたらしい。
牧場の空気がふっと軽くなる瞬間——
世界から“忘れるための余白”がこぼれ落ちるようだった。
影たちは夜明けとともに戻ってくる。
少しだけ疲れた顔をして、しかし確かに晴れやかに。
まるで
人間の心から、重すぎるページを一枚だけ破ってきてくれた
そんな顔で。
その日からだ。
私は「眠る」という行為を、
ほんの少しだけ信用しはじめた。
