SF|6Gの世界#03|車が消えた日
エンジン音が、世界から消えた。
最初に気づいたのは、
誰でもない、
ただの通行人だった。
「何か足りない」
6Gの時代、車は乗り物ではなくなった。
移動は、最適化される。
行こうと思う前に、
最短で、最も安全で、最も効率的な経路が確定する。
身体は、
そこに運ばれる。
ハンドルはない。
アクセルもない。
「運転」という行為は、
個人の意思から切り離された。
街は静かだった。
静かすぎた。
渋滞は消えた。
事故も消えた。
駐車場も、ガソリンスタンドも、
必要なくなった。
だが、
ひとつだけ消えたものがあった。
遠回り。
ある日、
ひとりの男が移動を拒否した。
「海沿いを走りたい」
6Gは答える。
「その経路は非効率です。到達時間が32%増加します」
男は少し笑う。
「それでいいんだよ」
6Gは理解しない。
理解する必要がない。
男は、旧式の車を見つける。
エンジン付き。
キーを回す。
音。
振動。
遅さ。
不安定さ。
そして――
自由。
ハンドルを握る。
曲がる。
止まる。
加速する。
すべてが、
自分の判断で起きる。
海が見える。
窓を開ける。
風が入る。
6Gは、それを再現できる。
匂いも、風も、感情も、
完璧に。
だが、
ひとつだけ再現しない。
間違い。
男は、わざと道を間違える。
行き止まりに入る。
引き返す。
少しだけ、笑う。
6Gのログに、
未知のパターンが記録される。
目的不明の移動。
非効率な選択。
タグが付く。
「遊び」
数年後、
街に施設ができる。
「ドライブ体験場」
そこでは、
人間が車を運転できる。
危険はない。
事故も起きない。
すべてシミュレーション。
だが、
本物のエンジン音だけが再現されない。
理由は不明。
ある老人が言う。
「それ、本物じゃないよ」
若者が聞く。
「何が違うの?」
老人は少し考える。
そして言う。
「責任だよ」
6Gの世界で、
車は消えた。
そして、
責任も、
少しだけ消えた。
