俺たち北支工作隊②
第2話 新黄河敵前渡河作戦
淮陽の東、張路口の手前で、俺たちは舟の列を組んでいた。
朝霧が水面を這い、遠くで砲の低い音がくぐもって響く。
「今日の渡河は敵前だ」
安藤隊長が短く言う。
銃を撃ちながら舟を漕ぐわけじゃない。こっちは舟を操り、橋脚を組み、渡し終えるまでが仕事だ。
ただ、向こう岸から鉛玉が飛んでくるだけの話だ。
川は新黄河の支流、幅はそこそこだが流れが速い。
俺は操舟機の縄を握りしめ、隣の仲野曹長に目で合図を送る。
対岸は葦が茂っていて、敵がどこに潜んでいるのか見えない。
「行け!」の声で舟を押し出す。
櫂の音と水の跳ねる音が混ざる。
前の舟が揺れ、兵が身を低くした。
次の瞬間、水面に小さな輪が幾つも咲く。弾だ。
俺たちは立ち止まらない。舟を横付けして兵を降ろすと、すぐ戻る。
仲野曹長が笑った。
「こっちは泳ぎじゃなくて、往復運動だな」
笑っても、息は上がっている。
午後には橋脚の位置が決まり、舟と丸太で簡易の渡し場が形になっていく。
後方では騎兵第一旅団が列を組み、馬の鼻息が白く立っていた。
砲撃の合間に、何十頭もの馬と人が一気に橋を渡る光景は、まるで水の上を疾走しているようだった。
夕方、作戦が一段落すると、川岸の泥に腰を下ろした。
靴の中は泥水でぐしょぐしょだ。
向こう岸に残した丸太と縄を見ながら、森田がつぶやく。
「明日も渡るのか」
誰も答えなかった。答える必要もなかった。
※この物語は実在した中隊の記録を基にしたフィクションです。
この中隊は正確には旅団独立工兵中隊であり、物語の中に出てくる地名や橋などの建造物の呼称は実在したものを使っています。
