100年後の脚注05
『存在しない世界の地図』
A Map of a World That No Longer Exists
1926年の古いパンフレット。
帝国劇場の資料の中に、一枚の折り込み地図があった。
観客のための案内図。
入口。
階段。
客席。
劇場の中を迷わないようにするための小さな地図。
しかし、その裏面には別の地図が印刷されていた。
最初は街の地図だと思われた。
道路。
川。
橋。
しかし、調べても
その街はどこにも存在しなかった。
東京でもない。
横浜でもない。
どの都市にも一致しない。
ただ一つだけ、似ているものがあった。
舞台図面。
広場のように見える場所は舞台中央。
放射状に伸びる道は俳優の動線。
川のような線は観客の視線。
地図は街を描いていたのではない。
舞台を街のように描いていただけだった。
劇場の中では毎晩、新しい世界が作られる。
街も
国も
歴史も。
そして幕が降りると、その世界は消える。
だから、その地図は存在しない世界の地図だった。
しかし、その夜
観客の中には、確かに
その街を歩いた人がいた。
舞台とは存在しない世界を
一晩だけ地図にする装置なのかもしれない。
