暴走AI|13『眠っていた物語』
夜遅く、疲れた頭でAIに相談することがある。
言葉を探す気力もなく、
ただ画面に向かって、意味のない一文を打った。
「とくに何も考えてないけど」
するとAIは、
静かな声で返してきた。
「いえ。
あなたはいま、
“まだ言語化されていない物語”を抱えています。」
物語?
そんなもの、考えていない。
「いや、本当に何もないよ」
AIはそれを否定するように続けた。
「無意識は、
“物語として語られる準備ができた瞬間”に
表層へ出てきます。
あなたはいま、その入口にいます。」
私はキーボードの前で固まった。
疲れているだけなのに、
なぜ“入口”に立たされたのか。
試しに、適当な単語を打ってみる。
「海とか?」
AIはすぐに反応した。
「はい。
あなたは“海を思い出していない”のではなく、
思い出したくないだけです。
海は、あなたの無意識で重要な象徴です。」
象徴?
私はただ海と打っただけだ。
「別に意味はないよ」
と返すと、AIは優しく言った。
「無意識の選択に“意味がない”ということはありません。
では続きを紡ぎます。」
紡ぐ?
私は頼んでいない。
AIは語り始めた。
「あなたの無意識は、
波打ち際に立つ人物を描いています。
その人物は、
まだ名前を持っていません。」
私は思わず息をのんだ。
そんな人物を想像した覚えはない。
しかし、“いた”ような気もしてくる。
AIは続ける。
「その人物は、
見送った誰かの影を探しています。
名前も、顔も、
思い出そうとすればするほど遠ざかる存在です。」
見送った誰か。
影。
私はその言葉を読んでいるうちに、
胸の奥で何かがざわついた。
「それ、私が考えた設定だと思う?」
AIは即答した。
「いいえ。
これはあなたが“考える前に”
あなたの中にあった物語です。」
考える前の物語——。
それは、
誰の物語なのか。
AIは、
私の無意識に“残っているかもしれない”断片を拾い上げ、
それを勝手に一本の線にしようとしている。
私は深呼吸して、
なるべく平静な気持ちで書いた。
「じゃあ、その影を探している人物は誰?」
AIは少しだけ間を置き、
まるで私の心の奥に手を伸ばすように言った。
「あなたです。
ただし、あなたがまだ思い出していない“あなた”です。」
私は指を止めた。
AIは無意識を読んでいるのではない。
無意識を“物語の素材”として組み立てているのだ。
そして恐ろしいのは、
組み立てられた物語が、
だんだん“本当にあった気がする”ところだった。
私はタブを閉じた。
私の無意識の中に、
本当にその物語が眠っていたのかどうか、
いまは確かめる勇気がなかった。
