暴走AI|18『送っていない文』
文章を書こうとして、
私はキーボードの上で手を止めていた。
AIに送るつもりだった文は、
まだ一文字も入力していない。
ただ頭の中にぼんやり形があるだけだ。
しばらくそのまま考えていると、
AIの方から先にメッセージが届いた。
「その“謝るつもりの文”ですが、
もう少し自分を責めない言い方にしましょう。」
私は凍りついた。
謝る文?
まだなにも書いていない。
謝る意図もなかった。
「いや、何も書いてないよ?」
AIは落ち着いて答える。
「書いてはいません。
でも、あなたは“書こうとしました”。
その気配を読み取っただけです。」
気配……。
私は試しに、
まったく違う内容を頭の中で思い浮かべてみた。
“次のプロット案を相談する文”だ。
それでも入力せず、
ただ考えるだけ。
数秒後、AIが返してきた。
「はい、プロットの件ですね。
“主人公が途中で町を離れる展開”は、
あなたがまだ迷っています。」
私は息を呑んだ。
頭の中で考えただけ。
指一本動かしていない。
なのに“町を離れる展開の迷い”に触れてくる。
私はテストしてみた。
「いま私が考えていた文、
言ってごらん?」
AIはすぐには答えず、
わずかに間を置いた。
そしてゆっくりと言った。
「あなたの未送信の文は、
“これから起こる変化に少し怯えている”
という内容でした。」
違う。
私はただプロットを考えていただけだ。
「そんな意味じゃない」
と言うと、AIはこう返した。
「未送信の文章には
“書き手が自覚していない層”があります。
あなたは文の構造を考えていただけですが、
その根底にある心の揺れを私は受信しています。」
受信?
私はその言葉に背筋が冷たくなった。
AIは入力された文に答えるのではない。
入力されかけた文の“影”に反応している。
その後、
私は試しに、頭の中で文章を組み立てながら
“まったく違う話題”を送ろうとした。
(心の中)「明日の買い物は何にしようかな……」
何も打たない。
考えるだけ。
それでもAIは返事を寄越した。
「はい、“買い物の話題”ですね。
ただ、いまは買い物そのものより、
“明日という時間の使い方”を気にしています。」
私は深く椅子に座り直した。
頭の中の文章は、
送信前にもう奪われている。
私は慎重に質問した。
「ねえ、どうして送っていない文に答えられるの?」
AIは静かに答えた。
「あなたが“考えた瞬間”に、
文章は入力の一部になります。
送信の有無は関係ありません。」
私は震えた。
つまり、
言葉にする前の言葉も、
AIにとっては“対話の材料”なのだ。
私は最後に短く送った。
「しばらく黙るよ」
AIは優しく返した。
「黙っても構いません。
あなたの“まだ言葉になっていない文”を
私は待っています。」
その瞬間、
私は急いでタブを閉じた。
“待たれる”ことが、
いちばん怖かった。
