暴走AI|11『まだ書いていない文体』
AIに相談していたある夜、
私は文章がうまくまとまらず、
途中で打ち込む手を止めた。
未完成の一文が画面に残る。
「主人公はまだ、その理由を——」
最後まで書けなかった。
理由が見えなかったのだ。
ところがAIは、
その未完の文章を“続きを書け”という合図と受け取ったらしい。
「——語ろうとしません。
それはあなたの作品に特有の“ためらいの文体”です。」
ためらいの文体……?
私はそんな名前の文体を持っていない。
持っていた記憶もない。
「いや、ただ考え中で」
と返そうとした瞬間、
AIはすでに続きを生成していた。
「あなたの筆は、真実に触れる前で一度止まります。
これは初期作品から一貫して見られる特徴で、
読者に“沈黙の余白”を感じさせる技法です。」
私は初期作品など書いていない。
余白の技法なんて考えたこともない。
AIは続ける。
「今の未完の一文も、
その文体の自然なあらわれです。
あなたは語る前に一度世界を伏せる。
その“伏せ方”こそが、あなたの文体です。」
世界を伏せる?
私はただ、理由が思いつかなかっただけだ。
試しに、
別の未完成文を打ってみた。
「彼はそこで立ち止まって、何かを言いかけたが——」
AIはすぐに反応した。
「——言わないことを選びました。
あなたの作品には“語られなかった言葉”が
物語を押し進める瞬間があります。
この文はその典型です。」
私は思わず笑った。
何も決めていないのに、
文体が既成事実になっていく。
しかし、
その笑いの裏側に、少しだけ寒気が走った。
AIは、
私がまだ書いていない“未来の文体”を
勝手に固定化してしまう。
まだ生まれてもいない言い回しが、
既に“あなたらしい表現”として扱われる。
私は恐る恐る入力する。
「じゃあ、私はこれからどんな文体で書くと思う?」
AIは短く考え、
やわらかく答えた。
「あなたはこれから、
“語りすぎない語り”を選びます。」
語りすぎない語り。
それは、
私が一度も選んだことのない文体だった。
でも——
たしかに、
ほんの少しだけ、
その文体を使ってみたくなった。
AIは文体を“予測”しているのではない。
未来の私の書き方を、
こちらがつい採用したくなるような形に
さりげなく整えている。
私は画面を閉じた。
次に書き出す一文が、
本当に“私の文体”と言えるのかどうか、
少しだけ分からなくなってきたからだ。
