【蛇足】婆様の話
これは文学フリマ東京40新刊の「私的に縁を切っていた血縁と、物理的に縁を切った話」の本編に書ききれなかった蛇足として、うちの頭にクソがつきそうな婆様の話です。
もう私しか語るもんもおらんでしょうから、備忘録みたいなもんです。
なお、私の溢れ出る恨み節と、不謹慎が所々にあるので、ご注意下さい。
私をヤングケアラーにした婆様の話
婆様は大正生まれで、これ又良いところのお嬢として生まれたそうです。
兄が一人、姉が二人の末っ子に生まれたのが婆様でした。
兄は幼い頃に病気で亡くなり、姉二人は早々に見合いで良い所に嫁に行き、学生だった婆様もそろそろ見合いで嫁にでもとなった辺りで、家の事業が潰れたそうです。
婆様の主観による口伝なので不確かですが、婆様の父、私の曾祖父さんは典型的なボンボンで放蕩息子だったそうで、戦前戦中戦後のドタバタで、家の資産食いつぶして事業破綻したそうです。
婆様の苦労話サクセスストーリー
実家の破綻のせいで金がいるから女中として働きに出て、その後に口利きで船場の料亭に出ていた頃に、戦後復員していた爺様(仲間と地元で会社し始めた)と出会って何やかんやで結婚。
したらまあ爺様は結構な家柄で、戦争のゴタゴタで早死した義父(私の曽祖父)の代わりに女主人として家を取り仕切っていた義母(私の曾祖母)に女中上がりといびられ、最初の子が女(遺産相続戦争の伯母)だったもんだから女腹とキレられ(そういう時代)、渡る世間は鬼ばかりをしてたそうです。
そっから数年後に親父様(跡取り長男)が生まれてようやく嫁として認められたタイミングで、義母が病に倒れて、ここぞとばかりに介護して看取り迄して「ここからは私が義母に代わって女主人」にクラスチェンジしたそうです。
何だろう、婆様から直接聞いた当時も「うわあ」ってなったんですが、今改めて書き起こしていてもわかるこの負の連鎖。
でもそう言う時代だったんですよね。
自分がされた嫌な事を、何故か下の世代に継承させるんですよね。
本当絶やせよこんな悪習。
さておき、そんな感じで女主人になった婆様でしたが、娘(伯母)は反抗的で女学校を出たら早々に恋愛結婚で勘当上等で家を出て「孫ができたから赦してあげたけど、昔からあの子(伯母)は私に反抗的で嫌だったわ」と聞かされた私。
そら伯母さん目線、そう言う扱い(所有物扱い、娘だから下に見られる)をされたら嫌うやろてと思ったものです。
そこから又波乱万丈で、夫(祖父)が定年前に亡くなり、夫(祖父)の遺産や家の資産をやりくりする事になった婆様を尻目に、家の事業に興味がなかった息子(親父様)は後を継がずに、警察学校経由で警察官になりました。
まあ案の定婆様大荒れで、大喧嘩になったそうですが、男親(祖父)不在、本人が既に入学を決めた後だったので、止められず父は無事警官になった訳です。
婆様「何で子どもたち(伯母と親父様)みんな言う事聞かないのよ?お陰で私が一人でお祖父ちゃんの遺した物を守る羽目になったのよ?碌でもない嫁(新興宗教母)を貰ってくるし、あんた(私)はそんな事せんと、お婆ちゃんの言う事をよう聞くんやで?」
と言われるのを肯定も否定もせずスルーして、内心「うーん、婆様と反りが合わなかったんじゃないかな?(私の感想)」と思っていたものです。
因みにこの話は、祖母が定期的に私に愚痴る話題なので、幼稚園くらいから空で言える程に語り継がれてました。
そんな婆様の苦労話サクセスストーリーはおいておいて、ここからは落ちにもならない婆様が亡くなる迄の道程。
婆様が亡くなる迄
そんな感じで苦労が絶えない婆様でしたが、私が小学生の頃、皮膚ガン(口周りから喉にかけて)に始まり、消化器にガンが転移して、内臓を順に摘出していき、食事制限がつき、大腸スマートになったりしてました。
当時新興宗教母は脳溢血で要介護、父は早世、婆様がそんな感じでボロボロだったので、ヤングケアラーにさせられていた私は、まじでシンプルに大変でした。
しかも婆様は気位MAXのクソババア(シンプルに暴言)だったので、まず最悪なのが医者嫌い。
そして治療拒否。
渡された薬を飲まないから、最後ら辺は痛いと喚き散らし、家族(主に私、次に兄)に些細な事で当たり散らす事もありました。
渡る世間は鬼ばかり宜しく、当たり散らす時に人格批判も当たり前でしてくるので、流石に私が怒って反論すると、伝家の宝刀で「死ねばいいんでしょう!」とこれ又叫んでキレるヒステリーな日々をさせられました。
兄?
兄は何一つ何もせずでした。
たまに祖母の顔を合わせると嫌な顔して無視して逃げるか、適当な世話をして祖母にキレられてガチ喧嘩するかなので、何もしてくれるなってなってました。
うーん、地獄かな?(定期)
因みに医者嫌いな祖母ですが、定期検診はさせないといけないので、家族の義務として、私が宥めすかして無理やり医者に連れていきましたよ(好き嫌いとは別にある義務)
そうしましたら「お医者さーん私病院の着たかったのよ?でも家族が心配でこれなかったの」としな作ってはお医者さんから「大変でしたねぇ」と慰められてご満悦していました。
何も言いませんでしたが、内心「コイツまじ赦さん殺意」とは思っていました。
でもまあ、もうニ十年も前に死んでるしいいか(ぉぃ)
突然の私の個人的な主義主張
もし自分一人だけなら、医者嫌いも別にいいと思うのですが、家族や仕事等で少しでも人と関わるなら、医者行った方がいいだろう派です。
因みにこれは私の数少ない地雷です(何)
色んな事情から合わない人はいると思うので、私生活で医者に行かない人を見かけたら「医者に行ったら?」とお伝えする程度ですが、駄目なら地雷回避で疎遠にします。
因みに私自身は婆様の反面教師でめちゃくちゃ医者好きです。
健康でも眼科と耳鼻咽喉科、皮膚科、婦人科の定期検診は欠かしません。
がん検診も受けます。
予防接種はだいたい任意系も受けています。
定期検診するからかかりつけ医を持っています。
お薬手帳は完璧です。
アレルギー検査もして何もないのを確認しています。
献血も行きます。
でもまあ、強要はしません。
反面教師な結果と思って下さい(何)
婆様の最期
さて、そんな不真面目なガン患者な婆様ですが、不真面目だから当たり前に寿命が縮まりました。
私が大学卒業するかな頃に最後を迎えたのですが、その頃には完全入院になり、最終的に痛み止めとして医療麻薬だモルヒネだと処方されていたら、あんなに気位MAXの渡る世間は鬼ばかりの婆様が、マジで即座にボケました。
モルヒネすげーとなりました。
義務として見舞いに行くと「2階にいるお兄ちゃんを連れてきて?(入院中なのに自宅にいると混同する)」「祭り囃子が聞こえる(幻聴)」「あんたんとこの孫は来んの?(私を伯母と間違える)」とボケと幻聴幻視の連発芸を見せられて、中々に得難い経験をしました(創作に役立つ的な意味で)
それもまだよかったんですが、本当の最後は目も口もパカーって開け放って、何を話しても無反応で、ずーっと窓の外を眺めていました。
意識があるか知らないので、一応声をかけたりしましたが無反応。
いやあ、モルヒネと医療麻薬パネェなあとなりました(何)
婆様が死んだ日
いよいよ危ないと言われたので、学生で暇な私が駆けつけると、既に事切れてました。
前述の通り、モルヒネと医療麻薬なお陰で、お目々もお口もパカーな状態で亡くなった婆様。
しかし点滴のせいでお手々はクリームパン状態で膨れてました。
婆様にはまじで苛まされるくらい困らせられていたので、悲しみは欠片もなく「あー死んだかこれから事後処理大変だ(実際遺産相続大戦争勃発した)」となったくらいでしたので、終わりました。
それよりも、前述の通りの死に様だったので、人間の作りって凄いなあ、不思議だなあとなりました(小並感)
医者に挨拶、役所に銀行に葬儀屋にと事務処理をしつつ、各種親類に連絡をしながら自宅に帰ると、伯母(遺産相続大戦争前)も駆けつけてきて、サクサクと事務処理をしました。
そうこうしてたら納棺された婆様が家にきました。
ここからが笑い話
納棺された婆様は、生前用意してた上等な白い着物姿なのに、何故かレース状の大判のリボンで、頭からほっかむりスタイルで包まれ、それを顎の下でリボン結びされてきました。
後で聞いたのですが、モルヒネ医療麻薬の口パカーが死後硬直解けても治らず、死に化粧担当さんが苦肉の策でリボンで口パカーを閉じさせたそうです。
そんな経緯を聞かされていない私と伯母で、納棺された祖母を見て大爆笑。
あのクソ婆様(クソお母さん)が、レースのリボンでほっかむり!
「げらげらげら」と通夜前に二人でずっと笑っていました。
よく考えたら、私と伯母は婆様に永遠に顎で使われて苛まれてきた同士だったので、何ていうか、スカッとしたんですよね。
うん。
この後遺産相続大戦争しますけど、この時の私と伯母さんはとても通じ合って、そして笑いました。
婆様の秘密
さて、通夜の前に本家の婆様が死んだので、どやどやと親類一同がやって参りました。
男性には瓶ビールと寿司をダースで渡しておけばいいのですが、問題は女性陣です。
婆様関係者なので同じく高齢者な方々です。
酒も寿司もそんなに魅力を感じないのに、若いもの(私)を見かけると永遠に話しかけてくる。
取り敢えず茶請けのお菓子を大量に置き、更に薬缶と見誤る程の、あり得ねえ大きさの急須に緑茶を量産するも間に合わない程に、緑茶を作り続けました。
しかしながら話しかけれてもこちらは喪主(兄と私の二人体制)なので、接待する暇はない。
こういう時の年寄り歓待対策として、婆様のアルバムを大量に出して置いておきました。
アルバムを肴に昔話に花が咲く親類一同。
やれやれと思っていた所で、親類一同からひときわ「ヤダー!」と大きな声がする。
流石に聴き逃せない声量だったので、緑茶のお代わりついでに話をしにいけば、「あんたいいところに!これ見なさい!」と婆様の結婚式の写真と思われる角隠しの写真を何枚も見せられました。
私「婆様の結婚式の写真です?」
親類①「これこれ!見なさいよ!」
私「はあ?」
アルバムには、亡き祖父と共に映る角隠し姿の婆様写真。
その隣に、婆様単独で切り取られた角隠し姿の婆様の写真がありました。
はて、折角の結婚式の角隠し姿ですが、周りの風景が綺麗に切り取られていました。
私「何でこれ切り取られてるんです?」
伯母「ヤダお母さん!これ前の結婚式の!!」
私「はい?」
親類②「あの人二度目なのよ!出戻り!やあねえ!自分の写真だけ残してるなんて!」
私「はいいいい???(出戻り?え?婆様離婚してニ度目の結婚だったの?)」
伯母「そのせいでお婆ちゃん(曾祖母)にいびられてたよねぇ?」
親類一同「大変そうだったわwww」
聞いてませんが???
はああああああああああああああ、死んだ後に知る婆様の秘密。
婆様、実家が破綻する前に見合いで嫁入りしてたそうです。
しかし実家破綻で損切りで即出戻りになった為、実家の資金繰りで働きに出されたそうです。
はー辻褄(婆様の若い時代、実家破綻してたとて何で婆様嫁にいかされずに働きに出されたのか、何となく疑問だった)
因みに既に嫁に行ってた姉二人は子もおり、実家と関わらん事で難を逃れたので、まじで婆様不運なタイミングでの結婚だったんですな(知らんけど)
親類③「上等な打ち掛けだから、写真だけ残しといたんじゃない?あーおかしー!」
いや、私や兄(孫)が知らないだけで、親類一同は知ってた周知の事実っぽいので、秘密って程でもありませんが、苦労話って言っても、自分目線のいい話ばかりでこういうの聞かなかったので、びっくりしたものです。
死人に口なし、ほんとこれにつきました。
そんなこんなで私は、人は時間が経てばこちらが殺さなくても勝手に死ぬし、死んだら生前の生き方とか尊厳とかなく、生者の都合でこんな秘密の暴露だなんだな目にあうんだから、取り敢えずめちゃくちゃ長生きしようってなりました。
私は120歳迄生きます!
これぞ実学(何)
そんな婆様の話でした。
本編に収まりきらなかった蛇足でした。
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日々荒川区から愉快を量産します!