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ミシュナ『Me'ilah』研究 第3回:「紛失したchatat」におけるラビ・アキバの類比推論(kal vahomer)と、鳥のchatatのmelikahに伴う聖性向上と脆弱性の法理

*本稿は口伝律法ミシュナ第5部『Kodashim(コダシーム)』に属する『Me'ilah』の第3回目の解説である。

 今回は『Me'ilah』第1章2節から2章1節を取り上げ、ラビ・エリエゼルとラビ・アキバの「場所的失格(yotzei)」をめぐる論争の核心を、紛失したchatatの事案に適用される「他者の血」と「自己の血」の類比推論(カル・バ・ホメル:kal vahomer)から紐解く。

 さらに、鳥のchatatの奉仕手順(melikah、hazaah、mitzui)を整理し、聖化に伴って生じる不適格化(tevul yom、mechussar kippurim、linah)の厳密なタイムラインと法理体系を手加減抜きで詳解する。


前回の振り返り:場所的失格(yotzei)におけるme'ilah適用の是非


 前回は『Me'ilah(メイラー:聖物領得)』第1章2節を取り上げ、「神殿の敷地外に出てしまった(yotzei)いけにえ」が、その後の血の振りかけ(zerikah)によって、me'ilahの対象から外れるかどうかの問題を扱った。

 具体的には、ラビ・エリエゼル(Rabbi Eliezer)とラビ・アキバ(Rabbi Akiva)の論争が中心となっている。以下に主なポイントを要約する。

【1】yotzei(ヨツェ)の定義と失格の基準

 「yotzei」とは、律法で定められた規定の場所の外にいけにえを持ち出してしまうことを指す。

①kodshei kodashim(コドゥシェイ・コダシーム)

 神殿の内庭(azarah)の外に出ると失格となる。

②kodashim kalim(コダシーム・カリーム)

 エルサレムの城壁の外に出ると失格となる。

*一度外に出て失格となった肉は、たとえ元の場所に戻しても食べることは出来ない。

【2】ミシュナ1章2節の論点

 血が祭壇に振りかけられる(zerikah)前に、内庭から外に出て失格(yotzei)となったkodshei kodashimの肉の扱いが議論されている。

 通常、適切な奉仕が行われれば、zerikahによって肉は「神のもの」から「祭司が食べてよいもの」へと地位が変わり、me'ilahの禁止から解放される。

 「場所的失格」が起きた後の血の振りかけに、その解放の効力があるかが争点となる。

【3】ラビ・エリエゼル(Rabbi Eliezer)の見解

 ラビ・エリエゼルは、この肉は依然としてme'ilahの対象であると主張する。

①論理

 肉が外に出た時点で恒久的に失格となっているため、その後の血の振りかけ(zerikah)は、肉をme'ilahから免除するために必要な「祭司に許可される瞬間」を生じさせることがないと考える。

②付随的結果

 この肉は失格となっている。そこでpiggul(時間超過の意図)、nosar(時間超過の残り物)、tamei(汚れ)といった規定による罰則(karet)も適用されないと結論づける。

【4】ラビ・アキバの見解

 ラビ・アキバは、この肉はme'ilahの対象ではなくなると主張する。

①論理

 「場所的な失格(yotzei)」は外部的な要因によるものであり、いけにえの本質を損なうものではないと考える。

 従って、その後のzerikahには、肉をme'ilahから免除するだけの十分な効力が認められると主張する。ただし、祭司は食べてはならない。

②付随的結果

 振りかけに一定の効力を認めるため、piggul、nosar、tameiの禁止規定も同時に適用される(有責になる)と見なす。

 以上の内容に不安を感じる方は、下のリンクから確認して欲しい。

◉ミシュナ『Me'ilah』研究 第2回:yotzeiにおけるme'ilah・piggul・nosar・tameiの適用の是非──ラビ・エリエゼルとラビ・アキバの論争

https://note.com/mishnah/n/n13cfafede75e

ラビ・アキバの弁証:紛失したchatatを用いた「他者の血」と「自己の血」の類比推論


 今回は口伝律法ミシュナ「Me'ilah」1章2節の続きである。

 ラビ・アキバは言った、「chatatについて取り分け、それがいなくなり、他のものをその代わりに取り分け、その後最初のものが見付かり、どちらも今立っているなら、ちょうど血が肉をme'ilahから免除するなら、その血は仲間の血も免除するのではないだろうか?今、もし血は仲間の血も免除するのなら、肉もme'ilahから免除するべきである。」

(Me'ilah 1:2)

 この部分は、azarah(中庭)から出たkodshei kodashimの血において行われたzerikahが、その肉をme'ilahから免除するのに十分であるというラビ・アキバの見解を支える、論理的な証明で構成されている。

 ラビ・アキバはこの証明にあたって、1つの具体的な事案で例証する。つまり個人がchatatのために取り分けておいたいけにえを失くし、その代わりとして2番目の動物を指定したという事案である。

 その後、最初のchatatが見つかったが、混乱の中で、両方のchatatが同時に屠殺され(shechitah)、両方の血が別々の容器に受け取られ(kabbalah)、そのうちの一方の容器の血でzerikahが行われたとする。

 ラビ・アキバは、この事案で適用される法則に基づいて議論を展開する。

 最初に聖別し、行方不明になり、後で見付かったchatatをXとする。行方不明中に代わりに聖別したchatatをAとする。次のように展開したとする。

[状況] XとAが同時に屠殺され、血が別々の容器にある。

[実行] Aの血をzerikah(振りかけ)する。

[結果] Aの肉だけでなく、本来別個であるはずのXの肉までme'ilahから免除される(=2匹で「1つの献げ物」の効力を持つ)。

 以下、説明を補足する。

 ラビ・アキバはまず、一方の献げ物の血のzerikahが、自分自身の肉をme'ilahから免除するだけでなく、もう一方のいけにえもme'ilahから免除すると主張する。

 zerikahがそれ自身の肉をme'ilahから免除することは自明である。

 Aの血をzerikahしたならば、Aの肉はme'ilahの対象でなくなる。しかしこの時、上の[結果]の通り、Xの肉もme'ilahの対象でなくなる。

 従って2匹のいけにえは、この意味で「一つの献げ物」と見なされる。

 どちらの献げ物の血もzerikahに使用出来たので、そのzerikahは両方の献げ物に対して同じ効果を持つ。つまり、1つのいけにえのzerikahによって、両方の肉をme'ilahから除外することになる。

 ただし、この論理の適用は、両方のいけにえ(XとA)が同時に屠殺された場合にのみ当てはまる。

「他者の血」から「自己の血」を導くkal vahomer(カル・バ・ホメル:軽重論法)の定式化


 以上を踏まえ、ラビ・アキバは次のように考える。

 つまり紛失して代わりを立てたchatatのケースでは、2匹の内の1匹の血を祭壇に注ぐだけで、他方のいけにえの肉までme'ilahから免除された。

 「他人の血」でさえ肉をme'ilahから救えるのなら、「自分自身の血」によるzerikahが、中庭から出た(yotzei)という理由で禁止された自分の肉をme'ilahから救えないはずがない。

 上の事案で言うと、Aの血によってXの肉までme'ilahの対象から外れた。他のいけにえの血によって、肉が解放されたことになる。

 もしAがyotzeiとなり、献げ物として不適格になったとしても、自分の血を振りかけたなら、自分の肉をme'ilahから解放するのは当然である。

 以上のラビ・アキバの見解を定式化すると、次のようになる。

 「azarahの外に出て失格となった肉であっても、その血が祭壇に注がれれば、me'ilahの罪の対象からは外れる。

 ここでラビ・アキバが用いている論法は、「kal vahomer(カル・バ・ホメル:軽重論法)」と呼ばれるものである。

 kal vahomerとは「より条件の厳しい『重い事案(chomer)』において適用される規定は、より条件の緩い『軽い事案(kal)』においては当然に適用される(あるいはその逆)」という推論である。

 本事案においては、「他者の血(本来は無関係な重い条件)」によって肉がme'ilahから免除されるのであれば、「自己の血(本質的な軽い条件)」による奉仕が、中庭から出た(yotzei)という外部的失格によってその免除の効力を失うはずがない、という論理構造において適用されている。

ミシュナ『Me'ilah』2章1節:鳥のchatatにおける奉仕手順と聖別要件


 次に「Me'ilah」2章1節に進む。まずはミシュナ本文を引用する。

 鳥のchatatは聖別された時からme'ilahに従う。一端melikahをすると、それはtevul yom、mechussar kippurim 、時間の経過 によって不適格になるものとなる。血が祭壇に振りかけられると、piggul、nosar、tameiの為に有責になり、最早me'ilahに従わない。

(Me'ilah 2:1)

 ここでは鳥のchatatが取り上げられている。そこで本文に入る前に、鳥のchatatについて復習する。

 chatatを鳥で献げるのは、以下の場合に限定される。

①レビ記 5章1~4節に列挙された罪のいずれかを犯したが、通常の家畜でchatatを献げる資力がない者。

②癒やされたmetzora(重い皮膚病の人)で、通常の家畜でchatatを献げる資力がない者(レビ記 14章22節)。

③出産した女性で、通常の家畜でchatatを献げる資力がない者(レビ記 12章8節)。

 ここまでの3つは献げる本人の資力に関係している。鳥をchatatとして献げるのは、この他に2つのケースがある。

④zavおよびzavah(生殖器から異常な流出がある男女)で漏出の止まった者(レビ記 15章14~15節, 29~30節)。

 zav、zavahについて不確かな方は、是非以下の記事で復習して欲しい。

(zavについて)

◉なぜ洗礼は「川」でなければならなかったのか? ――レビ記と口伝律法から探る「内面的な崩壊」の清め

https://note.com/mishnah/n/nde4490bf1199

(zavahについて)

◉12年間出血の止まらない女性の真実――レビ記15章が定める「隔離」とイエスの放免

https://note.com/mishnah/n/nc065ea1b5cb2

⑤死体への接触により汚れた(tamei)状態になったナジル人(Nazir)(民数記 6章10~11節)。

 zav、zavah、死体によって汚れたナジル人に関しては、本人の資力に関係なく、鳥でchatatが献げられる。

 鳥のchatatの奉仕は、次の3つの手順で構成される。

①melikah(メリカー)

 鳥の献げ物特有の屠殺手順で、祭司が親指の爪で鳥の首の後ろを突き刺す。ナイフを用いるshechitahと混同してはならない。

②hazaah(ハザアー)

 祭司が鳥の体を持ち、腕を上下に振ることで、鳥の血を祭壇に吹き付ける。

③mitzui(ミツイ)

 祭司が傷口を祭壇の壁に押し当て、傷口から残りの血を絞り出して祭壇の壁を伝わせ、基(yesod:イェソド)へと流す。

鳥のchatatには、祭壇で焼かれる部位であるemurinが無い。血の奉仕が行われた後、鳥はすべて祭司たちによって食べられる。祭壇で焼かれる部分は一切無い。

 鳥のchatatは、聖別された瞬間からme'ilahの対象となる。

*最後のmitzuiの奉仕において、その絞り出しが血の奉仕の不可欠な一部であるのか、それとも単に残りの血の流出に過ぎないのかについて、タルムードの注釈部であるGemara(ゲマラ)で論争されているが、ここでは深煎りしない。

メリカー(melikah)による聖性向上と不適格化(tevul yom/mechussar kippurim)の法理


 以上を前提に再び「Me'ilah」2章1節を引用する。

 鳥のchatatは聖別された時からme'ilahに従う。一端melikahをすると、それはtevul yom、mechussar kippurim、時間の経過によって不適格になるものとなる。

(Me'ilah 2:1)

 まず冒頭の「鳥のchatatは聖別された時からme'ilahに従う」については既に確認した。

 次に「一端melikahをすると」の部分であるが、鳥をchatatとして聖別した後、melikahをするとより高い聖性を持つことを言っている。

 melikahをした後、続く3つのものによって鳥は献げ物として不適格になる。

 順番に復習しながら解説する。

 「tevul yom(テヴル・ヨム)」は汚れた後、mikvehに入ってから日没までの間の状態である。tevul yomは人や道具、一般の食べ物を汚すことはしないが、terumahや献げ物に触れると不適格にする。

 汚れの強さの6段階とtevul yomについては、下の記事で詳しく解説している。気になる方はここから確認して欲しい。

◉ミシュナ『Oholot』の法理 第1回――死者の汚れの伝播法則:avi avot hatumahからrevii l'tumahまでの6段階減衰

https://note.com/mishnah/n/n9dfd81d6aa03

 melikahをした後、tevul yomが触れると、鳥は献げ物として不適格になる。

 次にmechussar kippurim(メフサル・キップリーム)についてである。

 汚れ(tumah:トゥマ)の中でも特定の汚れ(zav、zavah、metzora、および出産後の女性)において、清めのプロセスの終わりは次の3つの段階を経て行われる。

  1. mikvehで身を清めること。

  2. mikvehで身を清めた後、日没を迎えること。

  3. 翌日にトーラで規定されたいけにえを献げること。

 zav、zavah、metzora、および出産後の女性は、mikvehに浸かり日没を迎えた後であっても、翌日にトーラで規定されたいけにえを献げるまでは、汚れの残滓が残っていると見なされる。この状態の人は mechussar kippurim と呼ばれる。

 この残存する汚れにより、その人は献げ物に触れたり食べたりすることが禁止される。

 ここではmelikahをした後、mechussar kippurimが鳥に触れると、鳥は献げ物として不適格になる。

linah(一晩の残存)の定義とカウントダウン:血の奉仕と肉のnosar化


 次に「時間の経過」についてである。原文では「linah(リナー)において」と書かれている。

 献げ物のいけにえは、shechitahされた後、その日の日中の内に祭壇に血を振りかけなくてはならない。鳥の場合も同じで、melikahをした後、その日の日中の内にhazaah(ハザアー)をしなくてはならない。

 しかし、もし日没まで血が祭壇に適用されずに残された場合その血は失格となり、次いで献げ物全体が失格となる。

 linah(リナー)という用語の厳密な意味は「一晩残ること」である。

ミシュナ本文の「linahにおいて」とは、「規定された時間を過ぎて、日没まで血がかけられずに放置されることで発生する失格」を指している。

 あるいは、ミシュナは「linah」を「一晩残ること」という単語本来の厳密に意味で用いており、melikahに続く当日およびその夜の間に食べられずに残された鳥の肉が失格となることを指している可能性もある。

いずれにしても、melikahが行われた後、「linahによる失格へのカウントダウンが始まる」ことを表している。

 続きである。

 血が祭壇に振りかけられると、piggul、nosar、tameiの為に有責になり、最早me'ilahに従わない。

(Me'ilah 2:1)

 適法に鳥の献げ物の奉仕が行われると、piggul、nosar、tameiの問題が生じる。祭司が食べることが出来るので、最早me'ilahは問題にならない。この点は家畜のいけにえと同じである。

 今回の内容は以上である。

(この記事は、旧約聖書の最高権威モーセ五書[トーラ]と口伝律法[ミシュナ]及びその膨大な参考書の研究に基づいています。日本語圏における聖書学の再構築を進めるためのご支援をいただければ幸いです)

 シリーズ目次は以下からご覧になれます。

◉【シリーズ目次】ミシュナ『Me'ilah』法理研究

https://note.com/mishnah/n/n8ab1e0588261


 全記事の目次は以下からご覧になれます。

◉【全体目次Vol.2】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.201〜No.300)

https://note.com/mishnah/n/na80e65fb273e

◉【全体目次Vol.1】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.1〜No.200)

https://note.com/mishnah/n/nf0de8c6c7334


(ミシュナの構造による目次は以下からご覧になれます)

◉ミシュナの部(seder)に基づく全記事の目次

 ミシュナは生活と信仰の全領域を「種子」「祭日」「女性」「損害」「聖物」「清浄」の6つの部(セデル)で網羅している。各記事を法典本来の分類に配置し直すことで、2,000年前の「律法の現場」における聖書の背景をより明確に提示する。

https://note.com/mishnah/n/n4ccb130fe6ef

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