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ミシュナ『Gittin』法理研究 第8回:cheresh(聴覚・言語障害者)・精神障害者・未成年者・異邦人・奴隷のget作成適格と、tofesにおける特定の意図

【学術的解説に関する免責事項】本稿は、約2,000年前に編纂されたユダヤ教の口伝律法『ミシュナ』および古代の法制度に関する歴史的・学術的な論考です。文中に登場する「奴隷」や「身分」に関する記述は、当時の社会背景および法論理を正確に検証・再現するためのものであり、現代におけるいかなる人権侵害、差別、または奴隷制を肯定・助長する意図はありません。

 本稿は口伝律法ミシュナ第3部『Nashim(ナシーム)』に属する『Gittin(ギッティン)』の第8回目の解説である。

 今回は『Gittin』2章5節を扱い、cheresh(耳と喉が不自由な人)、精神的無能力者、未成年者といった「通常の法的な行為能力が制限されている者」が、離縁状(get)の定型部分(tofes)を作成出来るかという法理的限界を検証する。異邦人や奴隷のtofes作成可否についても検証。最後に妻自身がgetを作成する事案、夫がketubahの領収書を作成する事案を詳解する。


前回の振り返り:ミシュナ『Gittin』2章2節におけるgetの日付・署名一致原則とラビ・シモンの例外規定

 前回は『Gittin(ギッティン)』2章2節を取り上げ、離縁状(get)の日付と署名日の一致・不一致に関する法理について解説した。

 主な内容は以下の通りである。

【1】getにおける「作成と署名」の時系列ルール(2章2節)

①有効とされるケース

 日中に作成・署名された場合、夜間に作成・署名された場合、または夜間に作成され翌日中に署名された場合は有効である。ユダヤ暦では日没から一日が始まるため、夜間作成・翌日中署名は「同日」の扱いとなる。

②無効とされるケース

 日中にtoref(日付、夫婦の氏名、場所などの根本部分)が作成され、その後の夜間に署名された場合は、日付が異なることになるため原則として無効となる。

【2】getに正確な日付が要求される2つの法理的背景

①姦淫の隠蔽工作の防止

 妻が姦淫を犯した際、夫が「不貞を犯すより前に、すでに離婚していた」と嘘をついて妻を罰から救うのを防ぐため、同日中の作成・署名が求められる。

②財産の不当処分の防止

 getに日付がないと、元夫が離婚後も「まだ結婚している」と偽って妻の畑の収益を勝手に売却し続ける恐れがあるため、離縁の日付が必要とされます。

【3】ラビ・シモンによるget例外規定と一般文書の比較

①ラビ・シモンの主張

 ラビ・シモンは、通常「昼に書かれ夜に署名された文書」は無効であるという原則を保持しつつも、getに限っては例外的に有効であると主張した。

②例外を認める理由

 ラビ・シモンによれば、夫は離縁を決断した(getが作成された)時点で妻の財産収益権を失い、妻がその権利を取り戻すため、作成時点でgetの効力(財産権の移転)が発生していると考えるからである。

③一般文書(借用証・売買証書)との違い

 一般文書において日付の遡及やズレを認めると、債権者が関係のない第三者から不当に資産を回収出来たり、取引の安全が阻害されるので、ラビ・シモンも作成と署名が同日であることを要求する。

【4】後代の権威(Rosh、Rifなど)における有効性論争

 日中に作成され夜に署名されたgetについて、女性がすでに再婚してしまった場合や、夫が国外へ去って連絡が取れないといった緊急事態においては、ラビ・シモンの見解に依拠して有効とみなす見解がある。

 他方で、RoshやRifなどの権威は、こうした緊急事態であっても、そのようなgetは一貫して無効であると主張し、意見が分かれている。

 以上の内容に不安を感じる方は、下のリンクから確認して欲しい。

◉ミシュナ『Gittin』法理研究 第7回:torefの日付と署名日の一致・不一致、及びgetと一般文書における扱いの相違

https://note.com/mishnah/n/n87f4d8138612


ミシュナ『Gittin』2章5節の原典テキストと行為能力の定義


 今回はその続きで口伝律法ミシュナ「Gittin」2章5節を扱う。まずは本文を引用する。

 耳と喉が不自由な人、精神的無能力者、未成年であってもgetを書くことは出来る。

(Gittin 2:5)

 getを作成するのに特別な能力は要求されない。ここでは特に以下のように、通常の法的な行為が制限されている者たちもgetを作成出来ることを述べている。

タルムード法理における「cheresh(ヘレシュ)」および行為制限者の3範疇


 順番に解説する。

①耳と喉が不自由な人

 「耳と喉が不自由な人」と翻訳している部分の原語は「cheresh(ヘレシュ)」であり、字義通りには「耳の聞こえない人」だけを表す。しかしタルムードにおいて、chereshは精神的無能力者や未成年者と一緒に使われる時、一貫して「耳と喉が不自由な人」を表す。

②精神的無能力者

 「精神的無能力者」とは、精神的に非常に不安定であり、理性的に判断出来ない状態を指す。彼らはmitzvahを守る義務を免除されている。

③未成年者

 男性の場合は13歳、女性の場合は12歳で律法上成人に達したと見なされる。

 これらの人たち、すなわち耳と喉が不自由な人、精神的無能力者、未成年者については、成人したユダヤ人が監督している限り、特定の意図をもってtofesを作成することが出来る。「特定の意図」とは特定の男性と女性の為に作成する意図である。

 tofes部分について、このように緩やかな規定が設けられているのは、「tofes部分について特定の意図をもって作成しなくてはならない」という規定は、トーラのものではなく、ラビの定めたものであるからである。

 これに対して、torefにおいて求められる特定の意図(特定の夫婦について、特定の日付において等)はトーラの次元で求められる。従って成人したユダヤ人が監督していても、耳と喉が不自由な人、精神的無能力者、未成年者は有効にtorefを作成することが出来ない。

異邦人および奴隷のtofes作成適格を巡る議論


 異邦人の場合、成人したユダヤ人の監督があっても、tofesを書くことが出来ない。なぜなら異邦人は成人したユダヤ人の意思に従わないと考えられているからである。

 奴隷については専門家の間で意見の相違が見られる。Ravによると、奴隷はtofesを書くことが出来ない。なぜならユダヤ教徒としての結婚に、奴隷が関わることはないからである。

 これに対してマイモニデス(Maimonides)等他の者達は、tofesを書くことは、必ずしも自由なユダヤ教徒として結婚する資格を要求しないと主張する。

 全てこれらのtofesを書く適格性については、最初だけ問題になる。もし耳と喉が不自由な人、精神的無能力者、未成年が成人したユダヤ人の監督なしにtofesを書いたなら、それは結果的に有効になる。それどころか、異邦人や奴隷が書いたものも有効になる。

 更に他の見解として、そもそもtofesには「特定の意図」を必要としないという見解もある。この見解によると、tofesの部分は誰が書いてもよく、異邦人が書いたとしても問題にならない。耳と喉が不自由な人、精神的無能力者、未成年が成人したユダヤ人の監督を要するのは、torefを書く時のものであるとする。

妻によるget作成と夫によるketubah領収書作成


 続きには次のように書かれている。

 女性は自分のgetを書くことが出来るし、男は領収書を書くことが出来る。

(Gittin 2:5)

 この箇所はRashiによると、妻自らがgetを作成し、夫に渡し、夫はそれを妻に渡すことで離縁が成立する状況として説明される。

 この「領収証」は夫がgetを受領したという意味の領収証ではない。離縁に伴い、夫は妻の今後の生活の為にketubahを支払わなくてはならないが、その支払の領収証のことである。

 ketubahの領収証は、本来は妻が書いて支払いを受ける時に男性に渡すべきものであるが、男性自身が書いてもよい。

証人の署名による文書の有効性と所有権の帰属反転


 続きには次のように書かれている。

 なぜなら文書の有効性はそれに署名した人に拠っているから。

(Gittin 2:5)

 getは本来夫が作成し、ketubahの領収証は本来妻が作成するものであるが、法的な有効性が関わるのは、これらの文書の署名に拠っている。これはミシュナでは明記されていない具体的な状況を考えると分かりやすい。

 getについては妻が作成し、それを夫の元へ持って行く。夫は内容を確認し、証人が署名する。作成自体は妻が行っているが、証人が署名して文書がgetとして有効になるその瞬間、それは夫の意志によるgetとなっている。このgetは夫の所有物と言うことが出来る。

 領収証についても同様である。ここでは夫が作成し、それを妻の元へ持って行く。妻は内容を確認し、証人が署名する。作成自体は夫が行っているが、証人が署名して文書が領収証として有効になるその瞬間、それは妻の意志による領収証となっている。この領収証は妻の所有物と言うことが出来る。

 ミシュナの「文書の有効性はそれに署名した人に拠っている」とは、上記のような状況を言っている。

 今回の内容は以上である。

(この記事は、旧約聖書の最高権威モーセ五書[トーラ]と口伝律法[ミシュナ]及びその膨大な参考書の研究に基づいています。日本語圏における聖書学の再構築を進めるためのご支援をいただければ幸いです)

 シリーズ目次は以下からご覧になれます。

◉【シリーズ目次】ミシュナ『Gittin』法理研究

https://note.com/mishnah/n/n0d4cf29d22b8

 本記事周辺の時系列目次は以下からご覧になれます。

◉【全体目次Vol.2】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.201〜No.300)

https://note.com/mishnah/n/na80e65fb273e

 全記事の時系列目次は以下からご覧になれます。

◉【時系列総目次】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事インデックス

https://note.com/mishnah/n/nd780d32f266c

(ミシュナの構造による目次は以下からご覧になれます)

◉ミシュナの部(seder)に基づく全記事の目次

https://note.com/mishnah/n/n4ccb130fe6ef

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