ミシュナ『Gittin』法理研究 第6回:死亡による使者権限の消滅、死の床にある者(shechiv mera)の意思表示と即時所有権移転、および海外からのget(離縁状)送達における不完全な目撃証言(1章6節~2章1節)
【学術的解説に関する免責事項】本稿は、約2,000年前に編纂されたユダヤ教の口伝律法『ミシュナ』および古代の法制度に関する歴史的・学術的な論考です。文中に登場する「奴隷」や「身分」に関する記述は、当時の社会背景および法論理を正確に検証・再現するためのものであり、現代におけるいかなる人権侵害、差別、または奴隷制を肯定・助長する意図はありません。
本稿は口伝律法ミシュナ第3部『Nashim(ナシーム)』に属する『Gittin(ギッティン)』の第6回目の解説である。
今回は『Gittin』1章6節後半から2章1節の法理研究である。委託者が「死亡」した場合の法的執行の可否、および死の間際の人物(shechiv mera:シェヒヴ・メラ)による口頭指示が持つ特別な所有権移転効力をゲマラ(Gemara)の解釈を交えて論証する。
さらに、2章1節からは海外から get を届ける代理人が満たすべき「作成と署名の目撃要件」について、ラシ(Rashi)やラヴ(Rav)の注釈に基づき徹底的に考察・図式化する。
前回の振り返り:使者を介したget・奴隷解放文書の「撤回権」と「利益・不利益」の法理
前回は「Gittin」1章6節を取り上げ、使者を介した離縁状(get)および奴隷解放文書の「撤回権」と、その背景にある「利益・不利益」の法理について解説した。
主な内容は以下の通りである。
【1】核心となる原則:「利益」と「不利益」
ミシュナ1章6節の議論は、「本人が不在であっても、その人に利益をもたらすことはできるが、不利益をもたらすことはできない」という、民数記34章18節に端を発する法原則に基づいている。
この原則が、夫や主人が使者に文書を託した後の「撤回権」の有無を左右する。
【2】離縁状(get)における撤回権
夫が使者に「getを妻に届けてほしい」と依頼した場合、妻が実際に受け取る前であれば、夫はいつでも内容を撤回することが出来る。
①理由
当時の社会状況において、離婚は妻から夫による扶養(生活保証)を奪う「不利益」な行為と見なされる。
②法的帰結
不利益なことは本人の同意なしに成立しないため、使者が持っている段階では文書は依然として「夫の所有物」であり、撤回が可能となる。
【3】奴隷解放文書における論争
奴隷解放については、ラビ・メイルと他のラビたちの間で、それが奴隷にとって「利益」か「不利益」かを巡って意見が分かれている。
①ラビたちの見解(通説)
奴隷解放は「利益」であるため、主人が使者に文書を渡した(=奴隷の代わりに取得させた)時点で解放は確定し、もはや撤回出来ない。
主人は奴隷への扶養を停止しても労働を強いることができ、奴隷は慈善に頼らざるを得ない不安定な立場にあるため、解放によって失う扶養の権利は不安定であると考える。
自由なユダヤ人という身分の取得は、奴隷という立場に伴う付随的な利得よりも価値が高いと結論付けている。
②ラビ・メイルの異議
奴隷解放も「不利益」になり得るため、妻のケースと同様に受領までは撤回出来ると主張する。
理由として、祭司の奴隷であれば聖別された食べ物(terumah)を食べる権利があるが、解放されるとその権利を失うから。
また、解放されると、それまで関係を持つことが許された奴隷階層の女性との親密な関係が禁じられるという不利益が生じる。
【4】自由身分の絶対的優位
最終的にラビたちは、ラビ・メイルが指摘した細かな損得(terumahや婚姻の制限)よりも、「奴隷という身分からの脱却」という利益の方が遥かに大きいと判断している。
従って、奴隷に関しては主人の手を離れた瞬間に自由が確定するが、妻に関しては本人が受領するまで婚姻関係の解消は確定しないという、対照的な結論が導き出される。
以上の内容に不安を感じる方は、下のリンクから確認して欲しい。
◉ミシュナ『Gittin』法理研究 第5回:使者によるget(離縁状)・奴隷解放文書の交付と撤回権――ラビ・メイルとラビたちの「利益・不利益」を巡る法理論争
https://note.com/mishnah/n/n7f77de6aedc3
ミシュナ Gittin 1章6節(後半):委託者の死亡と金銭譲渡(100ズズ)の特例
今回は口伝律法ミシュナ「Gittin」1章6節の続きである。まずは本文を引用する。
もし誰かが「getを妻に持って行って下さい」とか「奴隷解放の文書を私の奴隷に持って行って下さい」と言い、死んだなら、彼の死後その通りに与えてはならない。
翻訳では表れていないが、「持って行って下さい」と依頼されている人たちは複数形の「あなたたち」である。つまり「(あなたたちは)持って行って下さい」という依頼になる。
この用法によって、夫または主人は特定の代理人に手渡したのではなく、グループに対して依頼したことを示唆している。
この場合、getまたは奴隷解放の文書は、彼らの内の誰かに取得されたことにならない。その後、文書を相手に渡す前に、夫または主人が先に死ぬなら、離縁についても、奴隷解放についても有効な効果は発生しない。この指摘はRashi及びRavによって行われている。
離縁は生きている間に行われなくてはならない。奴隷解放も主人の生存中に行われなくてはならない。
前回の記事において、奴隷解放は、解放文書が代理人に渡された時に効果が発生することを確認したが、今回の場合は上記の通り、依頼は「あなたたち」に対して行われている。代理人が受領した効果は発生していないので、奴隷解放の効果も発生していない。
死の床にある人物(shechiv mera)の口頭指示と即時所有権移転
続きには次のように書かれている。
もし誰かが「100ズズを誰々に持って行って下さい」と言い、死んだなら、彼の死後その通りに与えなくてはならない。
金銭に関する指示については、getや奴隷解放の文書とは異なる規則が適用される。
このミシュナは、病気で死の床にある人物について述べている。通常、所有権の移転には正式な取得行為が必要であるが、ラビたちは死の間際の人物の口頭による指示に、書面による文書と同等の法的効力を認めた。
自分の遺志が尊重されないのではないかという不安から、病人の容態が悪化するのを防ぐために設けられた特別な規定である。
ゲマラ(Gemara)の解釈によれば、指示が出された瞬間に法的な所有権の移転が成立したと見なされる。文書の作成や、実際に与えられるべき金銭の取り分けを必要としない。
以上で口伝律法ミシュナ「Gittin」1章6節の解説を終えた。
ミシュナ Gittin 2章1節:海外からの get 送達における目撃証言の厳格性
続いて「Gittin」2章1節に入る。まずは本文を引用する。
もし海外からgetを持って来る者が「これは私の目の前で書かれた」、しかし「私の前で署名された」と言わないなら、もしくは「これは私の目の前で署名された」、しかし「私の前で書かれた」と言わないなら
「Gittin」1章1節の解説で学んだ通り、国外からgetを届ける代理人は、署名の真正性を確認し、後にgetの有効性が争われるといった事態を避けるために、「その文書が自分の目の前で書かれ、かつ署名されたこと」を証言しなければならない。
「作成」と「署名」の不完全な目撃と標準的手続きの混同禁止
この箇所では代理人が、書面作成の場面のみ、あるいは署名の場面のみ目撃しており、書面作成及び署名の両方を目撃していない場合について言っている。この場合のgetは無効になる。
続きには次のように書かれている。
あるいは「これは全て私の目の前で書かれた」しかし、「私の前で半分は署名された」と言うなら
この箇所では、代理人はgetが作成される全過程を見ていたものの、2人の証人のうち1人が署名する場にしか立ち会わなかったケースを言っている。
たとえ代理人が「自分自身が、そのgetに署名したもう一人の証人である」と証言したとしても、離婚は成立しない。
文書を認証するには「2人の証人が自分たちの署名であることを証明する」のが標準的な方法である。一方、代理人が1人で「目の前で書かれ、署名された」と証言するのは、国外からの送達の場合に許された例外的な形式である。
ラビたちは「標準的な手続き」か「この特別な手続き」のいずれか一方で行われなくてはならないと定めている。これら2つの方法を組み合わせることは認められない。代理人の言葉が証拠として受け入れられるのは、それが「完全な形」で行われた場合に限られる。
図式的には、次のようにまとめられる。
【標準的な形式】
2人の証人による署名の確認。
【代理人による海外からの送達の場合】
次の3つの条件を全て満たす場合に有効になる。
①代理人が文書作成の過程を目撃すること。
②代理人が2人の証人の署名する過程を目撃すること。
③代理人が文書を本人に交付する時、「私の目の前で文書は作成され、かつ署名された」ことを証言すること。
【代理人による海外からの送達で、認められない方法】
上記「代理人による海外からの送達の場合」の①~③の内、全てを満たさない場合。
事例分析:作成・署名の目撃者が不完全なケースと代理人の権限範囲
先に進む。続きには次のように書かれている。
あるいは「半分は私の目の前で書かれた」と言い、「全て私の前で署名された」と言うなら、それは無効である。
これはたった今解説した「代理人による海外からの送達で、認められない方法」に該当する。この箇所の事案は①の要件を完全に満たしていないので、その時点で有効と見なすことは出来ない。
続きには次のように書かれている。
もし誰かが「これは私の目の前で書かれた」と言い、別の誰かが「私の前で署名された」と言うなら、それは無効である。
この箇所は、ある者がget等を届ける代理人に任命された場合において、その者がget等の作成の目撃について証言し、代理人でない誰かが署名について証言した場合について言っている。
get等の正当性を確認する信頼性が与えられているのは、そのgetを実際に交付する代理人のみであり、他の単独の証人にはその権限がない。
また、もし代理人が署名についてのみ証言し、別の者が作成について証言したとしても、get等は有効ではない。後年それを見る人がと誤った結論を導き出す恐れがあるからである。
ラビたちは、代理人自身が「作成」と「署名」の両方を証言することを強く求めたものである。
続きには次のように書かれている。
もし2人が「これは私たちの目の前で書かれた」と言い、1人が「私の前で署名された」と言うなら、それは無効である。
この事案は、結論については上記と同じなので簡単であるが、具体的な状況そのものは若干分かりにくい。
最初の「2人」は代理人ではない。後の「1人」が代理人である。すなわち聖地の外からget等を届ける代理人が「署名」の場面のみを目撃したと証言し、別の2人の証人が作成を目撃したと証言する場合、そのget等は認証されない。
署名の真正性を確認する責任を持つ代理人自身が、作成についても証言しなければならない。
Ravによると、もしも2人の代理人が作成について証言する場合、その認証は有効となる。これは2人の代理人によって届けられるget等には、そもそも特別な証言を必要とするラビ規定の対象には含まれていないからである。
この2つの見解は紛らわしいので、図式的にまとめる。
①1人が代理人で文書作成について証言し、別の2人が署名について証言した場合
有効ではない。
②2人が代理人で文書作成について証言した場合
海外からget等を代理人によって送り、代理人が妻または奴隷に交付する時、「私の目の前で書かれ、署名された」という特別な証言をする必要がある場合に該当しない。
ラビ・ユダの異議:3名以上の証言による偽造懸念の解消と有効性の条件
続きには次のように書かれている。
しかしラビ・ユダはそれを有効とした。
ラビ・ユダ(Rabbi Judah)は代理人が署名を目撃し、別の2人が作成を目撃したと主張するなら、getは有効であると主張する。作成と署名の両方について十分な証言(計3名)があるので、後年確認する者は、これは「特殊なケース」であると理解し、標準的な文書確認手続きについて誤解することはない、と考える。
標準的な方法は上記の通り、署名した2名が署名について証言するというものである。ここでは3名も証言しているので、実質的にget等が偽造されている心配はないとするものである。
続きには次のように書かれている。
もし誰か1人が「これは私の目の前で書かれた」と言い、2人が「私の前で署名された」と言うなら、それは有効である。
この箇所は1人の代理人が交付するが、その者が作成を、2人の証人が署名を目撃したと証言してget等が届けられた場合、そのget等は正式に認証され、離婚や奴隷解放が成立する。
なぜなら2人の証人が署名について証言しているため、標準的な方法を全うしており、作成についての証言を不要にするからである。
今回の内容は以上である。
(この記事は、旧約聖書の最高権威モーセ五書[トーラ]と口伝律法[ミシュナ]及びその膨大な参考書の研究に基づいています。日本語圏における聖書学の再構築を進めるためのご支援をいただければ幸いです)
シリーズ目次は以下からご覧になれます。
◉【シリーズ目次】ミシュナ『Gittin』法理研究
https://note.com/mishnah/n/n0d4cf29d22b8
本記事周辺の時系列目次は以下からご覧になれます。
◉【全体目次Vol.2】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.201〜No.300)
https://note.com/mishnah/n/na80e65fb273e
全記事の時系列目次は以下からご覧になれます。
◉【時系列総目次】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事インデックス
https://note.com/mishnah/n/nd780d32f266c
(ミシュナの構造による目次は以下からご覧になれます)
◉ミシュナの部(seder)に基づく全記事の目次
