ミシュナ『Rosh HaShanah』法理研究 第5回:Rosh HaShanahにおける個人の裁き、Succotにおける水の裁き、及びユダヤ暦の数理
本稿は口伝律法ミシュナ第2部『Moed(モエド)』に属する『Rosh HaShanah(ローシュ・ハシャナー)』の第5回目の解説である。
今回は『Rosh HaShanah』1章2〜3節の法理を徹底解説。 Ranによる「世界全体の総量規定」と「個人の生死・分配の裁き」の相関、1時間を1080に分けるユダヤ暦独自の数理単位「ハラキーム(chalakim)」、および最高法院(サンヘドリン)による新月聖別(Kiddush HaChodesh:キッドゥーシュ・ハホデシュ)の法的権限と空間的・時間的制約を原典から演繹する。
前回の振り返り:野菜・穀物の年度基準、樹木の新年を巡る論争、および地上の法廷から天の法廷への法理的転換
前回は『Rosh HaShanah』第1章1節から2節を取り上げ、主に野菜・穀物の年度基準、樹木の新年を巡る論争、そして「地上の法廷」から「天の法廷」への転換について解説した。
主な内容は以下の通りである。
【1】野菜と穀物の年度基準(ティシュレの1日)
ティシュレの1日は、野菜や穀物の十分の一税(maaser:マアセル)を計算する際の境界日である。
①年度跨ぎの禁止
ある年の収穫物を別の年のものと混ぜて税を取り分けることは厳格に禁じられている。
②4段階の取り分け
収穫物は次の順番で取り分ける。
(a)祭司へのterumah
(b)レビ人へのmaaser rishon
(c)maaser sheni
(d)貧しい人々へのmaaser ani
【2】樹木の新年を巡る雨の法理
樹木の年度基準日(樹木の新年)については、二大学派の間で論争がある。
①Beit Shammaiの見解
シェヴァトの月の1日。
②Beit Hillelの見解
シェヴァトの月の15日(現在のハラハーで採用されている見解)。
この時期に前年の雨が降り終わっており、樹木が新たな成長段階に入るという「雨のサイクル」に基づいている。
【3】地上の法廷から天の法廷へのテーマの転換
『Rosh HaShanah』第1章1節と1章2節の間には、法的な性質の大きな転換がある。
①1章1節(地上の法廷)
王の治世や税金、安息年など、地上の法廷(Beit Din:ベイト・ディン)が運用し監督する実務的な内容を扱っている。
②1章2節(天の法廷)
世界が神によって裁かれる4つの時期を扱い、神による超自然的な裁きの内容を扱う。
【4】祭日における神の裁きと供え物
特定の祭日は、その年の収穫の豊凶が神によって決定される時期とされている。
①Pesach
穀物の収穫について裁かれる。この時期にomerを献げることで、穀物の実りに対する神の祝福を呼び起こすとされている。
②Shavuot
果実の収穫について裁かれる。この時に献げられるshtei halechemは、果実の豊作を祈念する意味を持っている。
以上の内容に不安を感じる方は、下のリンクから確認して欲しい。
◉ミシュナ『Rosh HaShanah』法理研究 第4回:野菜・穀物の年度基準、樹木の新年を巡る雨の法理、地上の法廷(Beit Din)から天の法廷へのテーマ転換(1章1節④、1章2節)
https://note.com/mishnah/n/n8ec3490e041f
『Rosh HaShanah』1章2節の継続:全人類の個別裁きと申命記11章12節の演繹
前回は天の法廷による4つの裁きの内、2つを扱った。今回はその続きである。「Rosh HaShanah」1章2節の本文を引用する。
Rosh Hashanahにおいては、神の前を若い羊のように歩く全ての者。次のように書かれている。「人の心をすべて造られた主は、彼らの業をことごとく見分けられる。」
この箇所のRosh HaShanahはティシュレの1日を指している。全人類は創造主の御前を一人ずつ通り、個別に裁かれる。神の裁きを逃れられる者は一人もいない。
「若い羊のように」とあるのは、maaser beheimahを選ぶ情景を踏まえている。maaser beheimahを選ぶ時、家畜は囲いの中に入れられ、1匹ずつしか通れない通路を設置する。その通路を1匹ずつ通り、10匹ごとに赤い印を付けてmaaser beheimahを選ぶのである。
本節のミシュナでは、人もこの時の羊のように、全能者の前を通ることを言っている。
裁きがRosh HaShanahに行われる根拠は、トーラから演繹されている。次のように書かれている。
11あなたたちが渡って行って得ようとする土地は、山も谷もある土地で、天から降る雨で潤されている。 12それは、あなたの神、主が御心にかけ、あなたの神、主が年の初めから年の終わりまで、常に目を注いでおられる土地である。
この内12節について、人は1年の始めには、その年の終わりまでのことで裁かれることを言っていると解釈されている。
Ranによる疑問の提示と回答:三大祭りにおける世界全体の総量決定とRosh HaShanahにおける個人の利益・生死の裁き
Ranはここで1つの疑問と回答を提示する。それは「もし人がRosh HaShanahにその年の終わりのことまで裁かれるなら、なぜPesachに穀物、Shavuotに果実、Succotに水についての裁きがそれぞれ行われるのか?」という疑問である。
これに対して、Ranは三大祭りにおいて、世界全体としての穀物、果実、雨の総量が決定されるとする。一方、Rosh HaShanahにおいては、その総量のうち、「各個人」がどれだけの分け前を受け取るか」、または「利益を得るか、損失を被るか」、あるいは「生きるのか、死ぬのか」など決定されるとする。
仮庵祭(Succot)における水の裁きと祝福:nisuch hamayim(ニスーフ・ハマイム:水の奉献)および水に関連する戒めの遵守状況
続きには次のように書かれている。
祭りの時には、彼らは水の為に裁かれる。
この箇所の「祭り」は仮庵祭(Succot)を指している。Succotは、聖地(イスラエル)において雨季の始まりにあたる。そのため、来るべき一年の間に降る雨の量を決定し、世界が裁かれるのに最も適切な時期となる。
Succotには水の奉献(nisuch hamayim:ニスーフ・ハマイム)が行われる。タルムードのGemaraは、Succotに行われるnisuch hamayimについて、その年の雨に神の祝福を呼び込むために行われる儀式と位置付ける。
また、注釈書「Sifsei Chachamim (シフセイ・ハハミーム)」によると、イスラエルはSuccotにおいて、水に関連する戒めを適切に守っていたかどうか判断される。
例えばmikvehにおける清めの手続きや食前の手洗いについての戒めである。これらの戒めを適切に果たすことが、豊かな降雨という祝福を得る鍵となる。
以上でミシュナ「Rosh HaShanah」1章2節の解説を終えた。
『Rosh HaShanah』1章3節の前提:出エジプト記12章2節に基づくユダヤ暦(太陰太陽暦)の構造と必然性
続いて「Rosh HaShanah」1章3節に入るが、本文に入る前にユダヤ暦について話さなくてはならない。1章3節は新月の目撃証言に基づいて、新しい月の開始を宣言する「新月の聖別(Kiddush HaChodesh:キッドゥーシュ・ハホデシュ)」という儀式について割かれているからである。
以下の解説は主にYad Avrahamのものである。
太陽暦は、地球が太陽の周りを約365.25日かけて1周するサイクルに基づいている。この暦における「1年は12ヶ月」という区切りは人為的なものであり、自然現象に基づいた必然的な区切りではない。
例えば1年は5ヶ月であってもよいし、10ヶ月であってもよい。どの日が月の始めになるのか、必然性はない。
ユダヤ暦の「月」はこの点人為的なものではなく、月が地球を1周するサイクルに基づいている。この方法はトーラ、特に出エジプト記12章2節や民数記28章14節に基づいている。
この月をあなたたちの正月とし、年の初めの月としなさい。
Rashiによると、この箇所は文脈通りの意味の他に、重要な1つのことを示唆している。文脈通りというのは、ニサンの月が1年の最初の月になるという事である。
もう1つ明記されていないものの示されていることは、神はここで、モーセに新月を指し示しながら、「この月をあなたたちの正月とし・・」と述べたという事である。神はモーセの目の前にある新月を示しながら、戒めを与えたことになる。
新月ごとにユダヤ暦では月が新しくなるので、必然的に1年は12ヶ月、閏年では13ヶ月となる。
また「月」のヘブライ語は「chodesh(ホデシュ)」というが、この単語と「新しい」を意味する「chadash(ハダシュ)」は語源が同じである。月と新月との関連を思い起こさせる。
ユダヤ法(ハラハー)の時間分割:1時間を1080に分かつ「chalakim(ハラキーム)」とmolad(新月の誕生)の間隔
さて、月が地球の周りを1周する時間は、約29日12時間44分3.33・・(以下無限に3が続く)秒である。ラビたちは1時間を分と秒という仕方では分割しない。代わりに1時間を1080 chalakim(ハラキーム)とする。chalakimの単数形はchelek(ヘレク)である。1 chelekは3.33・・(以下無限に3が続く)秒に相当する。
この単位を用いると、太陰暦に基づく1ヶ月は29日12時間793 chalakimと表現される。
月が地球を1周し、古い月から新しい月へと変わる瞬間のことを「molad(モラッド:新月の誕生)」と呼ぶ。次のmoladまでの間隔が、正確な1ヶ月の長さとなる。
新月の聖別(Kiddush HaChodesh)におけるエルサレム基準の空間的法理と日没始動の時間的制約
molad(およびそれに伴うホデシュ=月の更新)の正確な瞬間は、地球上のどこにいても同時に起こるのではない。特定の場所で実際に月がどの段階(月相)に見えるかは、その場所の経度や緯度に依存する。
しかし新月の宣言は場所ごとに行うのではない。エルサレムにおけるmoladと、そこでの月の見え方が決定要因となる。
条件は2つである。
①ユダヤ暦の月はmoladの時に始まる。
②新月から新月までは29日と12時間793 chalakimである。
しかし新しい月は常にこれらの条件を満たして始まることは出来ない。なぜならトーラは各月が1日の途中から始まるのではなく、日没から始まることとしているからである。
トーラの出エジプト記12章2節を再度引用する。
この月をあなたたちの正月とし、年の初めの月としなさい。
タルムードのGemaraはこの箇所を命令と解釈し、Beit Dinが新月を宣言しなくてはならないとする。この権限を持っているのは71人の判事で構成されるエルサレムの最高法院であり、そのいずれかの3人が、最高法院の長(Av Beit Din:アヴ・ベイト・ディン)の認可を得て宣言することが出来る。
しかしMaimonides(マイモニデス)は、この3人が必ずしもサンヘドリンの正式メンバーである必要はないとしている。
例外的な状況を除き、Kiddush HaChodeshは聖地イスラエルで行われなくてはならない。またKiddush HaChodeshは、日中にのみ行うことができ、夜間に行うことは認められない。
次回はKiddush HaChodeshの手続きの解説から始める。
今回の内容は以上である。
(この記事は、旧約聖書の最高権威モーセ五書[トーラ]と口伝律法[ミシュナ]及びその膨大な参考書の研究に基づいています。日本語圏における聖書学の再構築を進めるためのご支援をいただければ幸いです)
シリーズ目次は以下からご覧になれます。
◉【シリーズ目次】ミシュナ『Rosh HaShanah』法理研究
https://note.com/mishnah/n/nfbeb416fd084
本記事周辺の時系列目次は以下からご覧になれます。
◉【全体目次Vol.2】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.201〜No.300)
https://note.com/mishnah/n/na80e65fb273e
全記事の時系列目次は以下からご覧になれます。
◉【時系列総目次】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事インデックス
https://note.com/mishnah/n/nd780d32f266c
(ミシュナの構造による目次は以下からご覧になれます)
◉ミシュナの部(seder)に基づく全記事の目次
