ミシュナ『Rosh HaShanah』法理研究 第4回:野菜・穀物の年度基準、樹木の新年を巡る雨の法理、地上の法廷(Beit Din)から天の法廷へのテーマ転換(1章1節④、1章2節)
本稿は口伝律法ミシュナ第2部『Moed(モエド)』に属する『Rosh HaShanah(ローシュ・ハシャナー)』の第4回目の解説である。
今回は『Rosh HaShanah』1章1節の続きから2節までを徹底解説。まず1章1節の続きを扱い、ティシュレの1日における、野菜・穀物のmaaser(マアセル:十分の一)の為の基準日について、またシェバトの月における、樹木の新年を巡る雨の法理論争について解説する。更に1章2節に進み、天の法廷の裁きについて扱い、過越祭のomerと七週祭のshtei halechemのハラハー的意義を解明する。
前回の振り返り:安息年・ヨベルの年の起算点と樹木(orlah、revai)の動的期間計算
前回は『Rosh HaShanah』第1章1節の続きを取り上げ、「ティシュレの1日」を起算点とする安息年、ヨベルの年、および樹木の法理(orlah、revai)について解説した。
主な内容は以下の通りである。
【1】安息年(shemittah)と「年」の定義
ティシュレの1日は、土地を休ませる安息年の起算点となる。解釈の根拠は次の3点による。
①安息年について述べているレビ記25章4節の「年」と申命記11章12節の「年の初めから」の「年」を相互に補足するものとして解釈する。どちらも土地に関係したことを述べている。
②申命記11章12節の「年」は雨のサイクルに基づいた「年の初めから終わりまで」について語っている。
③申命記11章12節の「年の初めから」という通常の語法でない表記を並べ替えると「ティシュレから」と読める。
以上の理由で安息年の開始はティシュレであると解釈される。
【2】ヨベルの年の法理構造
50年ごとに訪れるヨベルの年も、ハラハー(律法)上はティシュレの1日に開始するとされている。
①規定の内容
ヨベルの年には安息年の掟に加え、ユダヤ人奴隷の解放や土地の返還が行われる。
②開始日の議論
ヨム・キップール(ティシュレの10日)に始まるとする説もあるが、法的な基準日はティシュレの1日である。
【3】樹木のorlah・revaiと「45日」の計算
果樹を植えてから最初の3年間の果実(orlah)と4年目の果実(revai)の法的地位を決定する基準もティシュレの1日であるが、ここでは「45日」という動的な期間計算が適用される。
①45日以上前に植えた場合
ティシュレの1日の45日以上前に植えれば、その期間だけで「1年目」が終了したと見なされ、ティシュレの1日から2年目が始まる。
この場合、4年目(revai)の開始時期について、シェヴァト(第11の月)の15日からとされる。
②45日未満の場合
植え付けがティシュレの1日の45日前を切っていた場合、その期間は1年としてカウントされず、ティシュレの1日から改めて3年間を数え直す必要がある。
この場合の4年目(revai)の開始時期について、ラビたちの間で論争になっている。マイモニデスは「ティシュレの1日」とする一方、バアル・ハマオルらは「シェヴァトの15日」とする。
以上の内容に不安を感じる方は、下のリンクから確認して欲しい。
◉ミシュナ『Rosh HaShanah』法理研究 第3回:安息年・ヨベルの年の起算点と樹木(orlah、revai)の動的期間計算(1章1節③)
https://note.com/mishnah/n/n47d8283cf54f
野菜と穀物におけるmaaserの年度境界機能
今回も口伝律法ミシュナ「Rosh HaShanah」1章1節の続きからである。まずは本文を引用する。
ティシュレの1日は年数を数える為、安息年の為、ヨベルの年の為、木を植える為、野菜を育てる為の日である。
前回で「木を植える為」まで終わった。今回は「ティシュレの1日が野菜を育てる基準日になる」点について解説する。
農作物を収穫した際、以下の順序で作物を取り分けなくてはならない。
4段階の取り分け秩序
(a) terumah(テルーマー)
収穫物の一部を祭司に与える。トーラにおいては、収穫物における具体的な割合は示されていないが、ラビの規定によって60分の1~40分の1の間として定められている。
(b)maaser rishon(マアセル・リッション)
terumahを取り分けた後、残りの作物の内から10分の1をレビ人に与える。
(c) maaser sheni(マアセル・シェニ)
安息年の7年周期の第1、2、4、5年目に、さらに10分の1を取り分ける。これはエルサレムに持参して自ら食べなければならない。
(d) 貧者のための十分の一 (maaser ani:マアセル・アニ)
第3年目と第6年目には、上記のmaaser sheniの代わりに、10分の1を貧しい人々に与える。
7年目の安息年(shemittah:シェミッター)においては、土地の産物はすべて「所有者なし(hefker:ヘフケル)」となり、上記の取り分けは免除される。
これらの各項目について復習したい方は、下のシリーズ目次のリンクから確認して欲しい。
◉聖別と奉納の法理:ミシュナが解き明かす「祭司の取り分(matanot kehunah:マタノット・ケフナ)」と聖なる生活秩序の全貌
https://note.com/mishnah/n/nb10ab99a02a4
ティシュレの1日が持つ「年度跨ぎ合算禁止」の絶対的遮断ハラハー
ある年の収穫物を、別の年の収穫物と混ぜて十分の一(maaser:マアセル)を取り分けることは出来ない。また、第3年目の産物からmaaser sheniを取り分けたり、第2年目の産物からmaaser aniを取り分けることは認められない。
その基準となる日がティシュレの1日になる。この日より前に収穫された野菜と、その後に収穫された野菜を合わせて、各種のmaaserを取り分けることは出来ない。
ミシュナは野菜にのみ言及しており、穀物については述べていない。しかし同じことは穀物についても適用され、その基準となるのはティシュレの1日である。
樹木の新年を巡る二大学派の雨の法理
「Rosh HaShanah」1章1節の最後には次のように書かれている。
シェヴァトの1日は樹木の為の日である、Beit Shammaiによるならば。Beit Hillelは言う。「15日である。」
Beit Shammaiによると、maaserを取り分けるにあたって、シェヴァト(第11の月)の1日の前に花が咲いたものと、後に花が咲いたものを一緒にしてはならない。シェヴァトの1日が基準日になるからである。
例えば安息年のサイクルにおいて、第3年目のシェヴァトの1日よりも前に結実したものはmaaser sheniとして取り分けることになり、その後に結実したものはmaaser aniの為に取り分けられる。
タルムードのGemaraによると、シェヴァトが基準になっているのは、その年の雨が降り終わっている時期であるからである。樹木は雨によってよく育つ。
しかしここで言う「その年の雨」がいつからいつまでの雨であるのかに注意を要する。ティシュレの1日が初日となる年度ではない。樹木の為の新年であり、シェヴァトの月の日が基準日になる年である。
これに対してBeit Hillelはシェヴァトの15日が基準日になると主張する。それ以前に育ったものは前年の雨によるものであり、それ以後に育ったものは新年の雨によると考えるからである。
ここでも「前年」とはシェヴァトによって切り替わる年度の前年である。
ハラハーはBeit Hillelの見解を採用している。
以上で「Rosh HaShanah」1章1節の解説を終えた。
ミシュナ「Rosh HaShanah」1章2節:地上の法廷から天の法廷への構造的転換
続いて「Rosh HaShanah」1章2節に進む。まずは本文を引用する。
1年の中で4つの時に世界は裁かれる。過越祭の時には穀物の為に。七週祭の時には樹木の実の為に。Rosh Hashanahにおいては、神の前を羊のように歩く全ての者。次のように書かれている。「人の心をすべて造られた主は、彼らの業をことごとく見分けられる。」(詩33:15)祭りの時には、彼らは水の為に裁かれる。
まず「1年の中で4つの時に世界は裁かれる」と書かれている。これに関して、もう一度「Rosh HaShanah」1章1節の内容について振り返る必要がある。
「Rosh HaShanah」1章1節では4つの新年について語られていた。主な内容は以下の通りである。
①ニサンの月の1日
ユダヤ人の王の年号における基準日。また、祭日の為の基準日。
②エルールの1日
maaser beheimahの為の基準日。
③ティシュレの1日
異邦人の王の年号、安息年、ヨベルの年、樹木、穀物や野菜の基準日。
④シェヴァトの15日
樹木の基準日。
これらを基準日ごとではなく、内容ごとに分類すると、次のようになる。
(a)王の年号
ユダヤ人の王、異邦人の王の年号。
(b)税に関わるもの
maaser beheimah、terumah、maaser rishon、maaser sheni、maaser anなど。
(c)祭日、安息年、ヨベルの年
Pesach、Shavuot、Succot、安息年(shemittah)、ヨベルの年。
以上により、「Rosh HaShanah」1章1節の4つの新年では、地上の法廷(Beit Din:ベイト・ディン)が適用し、監督し、適切な運用について裁く内容のものを扱っていた。
これに対して、この第2節で述べられている内容は、天の法廷に関わっている。
Pesachにおける穀物の裁きとomerの祝福相関
以上を前提に、具体的に1つずつ確認する。
過越祭の時には穀物の為に。
これはPesachの時に神が穀物に関して、豊作になるか凶作になるか裁かれることを言っている。Pesachは穀物、特に大麦が成熟し始める時期である。
なおPesachに関して、トーラには次のように書かれている。
わたしが与える土地に入って穀物を収穫したならば、あなたたちは初穂を祭司のもとに携えなさい。
これはomerについて言っている。タルムードのGemaraによると、イスラエルがomerを献げるのは、神の穀物の実りに対する祝福を呼び起こすものである。
omerについて不確かな方は下のリンクから確認して欲しい。
◉除酵祭の法理 第5回:国家的企画としての初穂(omer:オメル)収穫と、極微に至る精選
https://note.com/mishnah/n/n3b8799ab63f6
Sifsei Chachamim(シフセイ・ハハミーム)によると、Pesachにおいて、イスラエルが各種のmaaserを適切に取り分けたかどうかが判断される。その状況をご覧になって、神が裁かれることになる。
Shavuotにおける樹木の実の裁きとshtei halechemのハラハー的意義
続きには次のように書かれている。
七週祭の時には樹木の実の為に。
これはShavuotの時に神が樹木の果実に関して、その收穫を裁かれることを言っている。Shavuotは樹木の果実が成熟し始める時期であるからである。
これに関して、トーラには次のように書かれている。
各自の家から、十分の二エファの上等の小麦粉に酵母を入れて焼いたパン二個を携えて、奉納物とする。これは主にささげる初物である。
これはshtei halechem(シュテイ・ハレヘム)について言っている。タルムードのGemaraによると、Shavuotのshtei halechemは、果実の収穫に神の祝福を呼び込む為のものである。
shtei halechemについて、過去の記事で詳しく扱っている。不確かな方は下のリンクから確認して欲しい。
◉七週祭(Shavuot:シャブオット)の法理(上):『レビ記』の供え物と口伝律法『Menachot(メナホット)』から復元する「shtei halechem(シュテイ・ハレヘム)」の深層
https://note.com/mishnah/n/n41e21d7cb956
「Rosh Hashanah」1章2節にはRosh HaShanahとSuccotにおける裁きについても触れている。それは次回扱うことにする。
今回の内容は以上である。
(この記事は、旧約聖書の最高権威モーセ五書[トーラ]と口伝律法[ミシュナ]及びその膨大な参考書の研究に基づいています。日本語圏における聖書学の再構築を進めるためのご支援をいただければ幸いです)
シリーズ目次は以下からご覧になれます。
◉【シリーズ目次】ミシュナ『Rosh HaShanah』法理研究
https://note.com/mishnah/n/nfbeb416fd084
本記事周辺の時系列目次は以下からご覧になれます。
◉【全体目次Vol.2】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.201〜No.300)
https://note.com/mishnah/n/na80e65fb273e
全記事の時系列目次は以下からご覧になれます。
◉【時系列総目次】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事インデックス
https://note.com/mishnah/n/nd780d32f266c
(ミシュナの構造による目次は以下からご覧になれます)
◉ミシュナの部(seder)に基づく全記事の目次
